《MUMEI》
7
倉庫に戻ると、片瀬は彩の手足を自由にした。彼女はベッドの上にすわり、片瀬を見つめた。

「全裸で置き去りは酷いよ片瀬さん」

「ごめん、ごめん」片瀬は笑った。

「変な連中が来たらどうするつもりだったの?」

「ドキドキした?」

やはり変態だ。まさか寝取られ趣味はないだろうか。彩にとってそれは大迷惑だ。

「全裸で置き去りはやめて。ここで約束して」

「わかった、約束する」

そう言うと、片瀬は用紙を持ってきてバインダーに挟み、彩に見せた。

「サインして」

彼女は絶句した。婚姻届だ。

(・・・嘘)

「やっぱり偽りのYESだったんだね?」

「違うわ」

即答すると、彩はわざと笑顔で言った。

「でも、いきなり結婚じゃなく、恋人同士として付き合う期間が半年くらいあってもいいんじゃない?」

裸の彩が小首をかしげてキュートなスマイルを向ける。片瀬は幸福を感じた。

「なるほど、それもいいけど。じゃあさやか。旅行、一緒に行ってくれるか?」

「旅行? あたし犯されちゃうの?」

「犯さないよ」

「嘘ばっかし。絶対犯すよ」

「ハハハ」

片瀬は笑ったが、彩にペンを渡した。

「どっちみちハンコがないんだ。気持ちを確かめたいから、サインして」

サインしなければ拷問されるか、あるいはまた全裸で野外置き去りもあり得る。彩は仕方なくサインした。

「よし。これは証拠としてとっとくよ。脅迫されて書いたなんて嘘言ったら許さないよ」

「あたし、あたなの彼女なんでしょ」彩は睨んだ。「じゃあ二度と脅すようなことを言うのはやめて」

片瀬は一瞬硬直していたが、笑うと、襲いかかった。

「生意気!」

「きゃあああ!」

彩をベッドに押し倒すと、一気にくすぐりの刑。彩は真っ赤な笑顔でもがいた。

「きゃはははははは・・・やめて、あやははははは、わかったから・・・わかった・・・いやはははははは・・・やめて・・・」

やめてくれた。

「はあ、はあ、はあ・・・」

「許してほしかったら謝りな」

「ごめんなさい」

「よーし、勘弁してあげよう」

「あなたはホントにドキドキさせてくれるね」

彩は本心を悟られないように片瀬に合わせると、さりげなくベッドから下り、服を着た。

「明日、また来てもいい?」

「もちろん」片瀬は喜んだ。

何とか脱出できる。彩は「おやすみなさい」と手を振ると、倉庫を出て行こうとした。しかし片瀬が腕を握る。

「え?」

「さやか。裏切ったら、地獄の底まで追いかけるよ」

ドキッとしたが、彩はすぐに笑顔で睨んだ。

「信用ないのね。ベッドマッサージが性感マッサージと知ってて、あたしは自分から水着姿で寝転がったのよ」

「・・・さやか」

「まあ、あそこまで意地悪されるのは計算外だったけど」

はにかむ彩を見て、片瀬は感激した。

「さやか。二度と疑わないよ」

「じゃあ、また明日」

何とか出られた。彩はホッとした。そして反省した。決して罠に落ちたわけではない。スリルを味わいたくて、自ら罠と知っててかかったのだ。

しかしその罠は、スリルを通り越して、一生を台無しにされかねない危険な罠だった。

片瀬晴久と結婚するという選択はあり得ない。婦人警官として、彩は気持ちを確かに持った。

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