《MUMEI》
9
片瀬晴久は警察署。彩はとりあえず無事だ。身の安全は、今は保証されている。しかし無期懲役には絶対にならない犯行なので、数年すれば出所する。

そのときが怖い。おそらく恨んでいるだろう。彩はパジャマ姿でベッドに寝転がっていた。片瀬のことを思うと眠れない。

「ふう」

彼女は起き上がると、冷蔵庫から缶ビールを出し、グラスに注ぐと一気に飲みほした。無理やりにも寝たい。体は疲れているはずだ。

「君のことは絶対に守るから、心配しないで」と、小池輝正は言ってくれた。情熱的なセリフ。恋心を感じる。

でも、SMプレイをやるようなタイプではなさそうだ。彩は天井を見上げながら考えた。ルックスも性格も良くて、しかも紳士なSとなると、そんな男はいないのかもしれない。

どこかにはいるだろうが、出会うのは至難の業か。あくまで常識豊かな紳士なSでないと恋人にはできない。片瀬晴久のような変態では困るのだ。

アルコールが回ってきたか。眠れそうだ。彩は瞳を閉じた。

「・・・・・・」



セピア色の部屋。

「んんん・・・」

彩は目を覚ました。暗い。真夜中に起きてしまったか。

「ん?」

なぜか猿轡を咬まされている。どういうことか。両手両足も大の字の形でベッドにキッチリとくくりつけられていて、大股開きの屈辱的なポーズだ。

「!」

彩は目を丸くした。目の前には片瀬晴久がいる。

「んんん! んんん!」

悲鳴を上げられない。彼女は激しくもがいた。

「さやかチャン」片瀬が危ない笑顔で迫る。「よくも裏切ってくれたね」

「んんん! んんん!」

彩は泣き顔で首を左右に振るが、片瀬は許さない。

「警察から逃げてきた。君を殺して僕も死ぬよ」

彩は恐怖におののいた。

「んんんんん! んんんんん!」

「待ってって言ってるの?」

「ん」彩は一生懸命頷いた。

「甘いよ。さやかチャンの哀願が全部偽りだということがバレちゃったからね」

そう言うと、片瀬は両拳を見せた。なぜかボクシングのグローブをはめている。彩は腹筋に力を入れて首を左右に振った。

「んんん! んんん! んんん!」

「さようなら」

片瀬はパジャマをめくる。彩のセクシーな美ボディが露わになった。左右の拳が容赦なく彼女のおなかにボカボカボカボカと叩きつけられる。

「うぐぐぐぐぐぐ・・・」

本気だ。死んでしまう。彩は両目から涙を流し、助けてと目で訴えた。

「んんんんん! んんんんん!」

しかし腹パンチ連打は続く。意識が遠のく。ここで終わるのか・・・・・・。

「ハッ!」

彩は跳ね起きた。汗びっしょりだ。悪夢とわかるのに数秒かかった。彼女はもう一度ベッドに倒れ込んだ。

「・・・ヤダ、何ていう夢よう」

思わずおなかをさする。どうやら無事だ。殺されるかと思った。恐ろしい夢を見た。彼女は決心した。

「このままじゃいけない。彼に会おう」

今、会って、きちんと話したほうがいい。たとえば三年の刑だとしたら、三年間、憎悪がくすぶり続けるとしたら、三年後は復讐の鬼と化してしまう。

会うなら今しかない。話せばわかる。でないと、悪夢が現実のものとなってしまう。

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