《MUMEI》 10彩は、増永課長に自分の心情を話した。今、会って話しておかないと、復讐の鬼と化してしまう。それは絶対に困ると。 小池は猛反対したが、増永は了承した。 取調室でうな垂れている片瀬晴久。ドアが開いたので、何気なく顔を上げる。 「あっ!」 まさか彩が来るとは思わなかったので、驚きの表情を浮かべた。 「片瀬さん」 「トドメを刺しに来たの?」危ない笑顔。 「違うわ。取調べに来たんじゃなく、少し話させてくださいと、課長に頼んだの」 片瀬は真顔になった。彩の真意がわからない。 「怖い夢を見て」彩はキュートなスマイルを惜しみなく向けた。 「・・・どんな?」 「あなたに、殺される夢」 「あり得ない」片瀬は首を左右に振って即答した。「そんなこと、絶対にあり得ない」 「片瀬さん」 「もういいよ。こうして会いに来てくれただけで十分だ。君のことは恨んでいない」 彩は真っすぐ片瀬の目を見つめた。 「本当に?」 「本当だ。君はいい子だ。傷つける気はない。心配しなくていい。そこまでバカじゃないよ」 彩は、片瀬晴久の言葉を信じた。 会って良かった。三年後ではいけなかったのだ。出所間際に会って話したところで、手遅れだったかもしれない。凶悪殺人犯ではない。話せばわかると思った。 「ふう」 「大丈夫?」小池がやさしく肩を叩いた。 「ありがとう、いろいろと」 「いいよ」 犯人に恨まれることを恐れていたら、婦人警官は務まらない。しかし、無理に嫌われる必要はない。被害者や家族は犯人を恨むのが当たり前。しかし警察官は、怒りや憎しみではなく、常に冷静さが求められる。 彩は反省し、そして学んだ。一歩間違えれば、取り返しのつかないことになっていたのだから。 本当に危ない罠だった。それだけ肉体的快感は、人の理性を惑わすということか。彩は唇を強く結ぶと、自分の部署に戻った。 END 前へ |
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