《MUMEI》

先程の崩壊で半分の大きさになってしまったガジュマルの樹は、すっかり葉を落としてしまい、人間でいえばまるで
骨格標本のごとき枝木だけの歪(いびつ)な姿をさらけ出していた。

その枝木が死の苦悶に身をよじるように、激しくうごめいていた。

ガジュマルの樹全体から、黄金色に光る細かい粒子が立ち上って、暗い空へと吸い込まれていく。

その姿はあたかも、ガジュマルの樹そのものから、仮そめに与えられた魂が抜け出していく様を思わせた。

黄金色の粒子を放出しながら、残された半分も砂と化し崩れようとしている。

見回すと周囲の雑草までもが、先程の比では無いくらいにざわめきを強めている。

それらからも黄金色の粒子が立ち上り、
それまで淡々と仕事をしていた作業員達までもが手を止めて、この不思議な現象を呆けたように見つめていた。

「神のペン....触れてはならない力なのかも知れん」

黄金色の光が吸い込まれていく空を見上げながら、誰にともなくダイスケが呟いた。

「馬鹿な!」

間髪を置かずに修海が反論した。

ダイスケが修海を見る。

修海の両目に鋭い輝きが戻っている。

「もしもこの力が『敵』の手に渡れば、
世界は滅びの道を歩むぞ!」

修海の言葉にドクター・ナカマツも同意した。

「『プロメテウスの剣(つるぎ)』
....我々にとっては眼の上のたんこぶのようなものですね」

プロメテウスの剣....その言葉を聞いた瞬間、ダイスケの眼の奥が光ったように見えたのは、周囲の黄金色の光がただ反射したのに過ぎないのか?

「一刻も早く取り戻さねばならん!
我ら『ゴッドアイ』の手中に!!」

ほんとうにただそれだけなのか修海?

ダイスケは喉元まで出かけた言葉を抑えた。

ダイスケは修海が先程のブルーサファイアを、大事そうに自分の上着のポケットへとしまいこむのを見つめた。

「必ず取り戻すっ!!」

修海がさらなる決意を固めるように言った。

その表情から、先程までの悲しみに暮れる少年の面影は消えていた。

修海はポケットの中の石を、感触を確かめるように何度も握りしめた。

ブルーサファイアが象徴するもの...

『不変の愛』と『目的の達成』....

やがてこの砂漠の幻は跡形も無く消えるだろう。

だが、この『青い石』は消えない。

修海は確信を持って言う事が出来た。

これは手始めなのだ。

『神のペン』はゴッドアイが!

いや、この俺が手に入れる!

修海の満面に広がったのは狂気の笑みだった。

ゴロゴロ....!

空が不穏な鳴動を地上に伝える。

「どうやら大気が不安定なようですね」

ドクター・ナカマツの言葉どうり、今
砂漠に百年ぶりの雨が降ろうとしていた....。

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