《MUMEI》
1.JAM
地上から立ち上った黄金色の粒子が消え逝く彼方(さき)、暗い空の中では
『神のペン』により乱された大気が積乱雲を発生させていた。
その積乱雲の中、まるで黄金色の粒子が結晶したかのように飛行する物体が在った。

稲妻の光を鮮やかに照り返し、黄金色に光る『それ』は、行く手の積乱雲などには微塵も頓着(とんちゃく)せず、
暴風の中、真っ直ぐ進んでいく。

『それ』は黄金色の鷹(たか)に見えた。

バサッ!バサッ!

力強く羽ばたくその姿を不敵な挑戦と
受け止めたのか、暗い空が怒りの唸りのように轟きを発し、狙いすました稲妻の一撃で黄金色の鷹を打つ。

稲妻の攻撃はそれだけでは治まらず、
二撃三撃と黄金色の鷹を狙い撃ったが、
全長20メートル、翼開長40メートルの鷹の飛行には、わずかばかりの動揺さえ見られない。

稲妻は直撃した後も、しばらくの間光る蛇のごとく巨大な黄金色の全身に纏(まと)わりついていたが、嘲るように嘶(いなな)いた鷹の翼のひと振りで、
払い飛ばされた。

その羽根の一枚一枚までも、文字どうり黄金で造られた鷹にとっては、暴風や稲妻も、毛先ほどのダメージも与えられるものでは無かった。

翼を形成する羽根、毛羽立った胴体、
鋼鉄さえ握り潰せそうな鉤ヅメ、製造者の狂気と執念を感じさせるほど、全てが本物の鷹を精緻(せいち)に模造した中で、嘴(くちばし)の上部辺から頭部を覆うキャノピーが、この黄金の鷹が人工の飛行物体である事を示している。

「ゴッドアイめ....!」

ポツポツと雨滴が打ち始めた強化ガラスのキャノピーの内で、憎悪を抑えるような低い声が漏れた
巨大な黄金色の鷹を駆(か)るパイロットの姿が、稲光により暗いコクピットの中に一瞬浮かび上がる。

操縦席の若者のパイロットスーツは、
和と洋の甲冑を混合したようなデザインで全体的に鮮やかな深紅に彩色され、
急所に当たる部分は、金属で加工されている。
中世の騎士が被る兜(かぶと)を
彷彿(ほうふつ)させるヘルメットの額には、『プロメテウスの剣』のシンボル
マーク....X字に交差する二本の剣を模した飾りが付いている。
顔面を覆うバイザーで明滅する様々な記号や幾何学的(きかがくてき)な模様は、操縦席の計器類に連動したデータが、バイザーの内側で受信されている為だ。

そのバイザー越しには、この飛行機械の
パイロットにふさわしい、鷹のように鋭い両眼が光っていた。

両眼の奥に点(とも)る光の原因は、
ゴッドアイに対する燃えるような憎悪だ。

燃えるような憎悪は恐怖の記憶を伴っている。

恐怖の記憶がいつものように、若者の
肉体の失われたはずの『その部分』に
幻痛をもたらした。

肉を食いちぎられるような痛みを訴えているのは、右腕の肘から下の部分....だがそこは、金属の骨格が剥き出しになった....痛みなど感じるはずの無いサイボーグ義手であった。

『良い焼きかげんだ....小僧』

若者の眼前からバイザーに映ったデータが消え、炎の照り返しを受けた脂ぎった醜悪な黒い顔の幻が迫った。
黒い顔は邪悪な喜びがもたらす笑みを
満面に広げながら、ナイフに貫かれた
まだ切断口も生々しい腕を、若者に見せびらかすように眼前にかかげる。
火中から取り出されたばかりのそれは、
まだ細い黒い煙を上げていた。
そして最もおぞましい事に、それからは良い匂いがした。
それは若者のかつての、失われた右腕だ。
ナイフに貫かれた腕がゆっくりと黒い顔の男の口元へと近づいていく....。


若者は、喉元から込み上げる悲鳴を必死に圧し殺す。

黒い顔はにんまりと上目づかいに若者を見ながら腕の肉にかぶりついた。

ブチブチと歯が皮膚を破り、肉に食い込む音がした。

若者は見た。

相手の黒い瞳が血のような紅い色に変わるのを。

灼熱した溶鉱炉の中に突っ込んでも傷ひと付かない....ましてや神経など通うはずの無い特殊金属で出来た腕全体に、燃えるような痛みが広がる。

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