《MUMEI》

そうなったら歯を食いしばり、脂汗を流しながら耐えるしかない。

痛みが消えて無くなるまで、いつものように....。

『お前の燃えるような憎悪を感じるぞ。
小僧、良い素質を持っているな』

黒い顔の幻が囁きかけて来た。

おのれええええええええええええ!!

恐怖の底から、激しい怒りがマグマのように表層意識の大地を破って溢れ出してこようとする。

今すぐに急降下して、砂漠の上のゴッドアイの連中を皆殺しにしてやりたい!

眼前の視界が紅く染まる。

憎悪のマグマに溺れ、一瞬精神を焼き尽くされそうになりながらも、若者は必死に師匠(マスター)の言葉を思い出した。

一時的な復讐心の満足は何ももたらさない。
それは暗黒に通じる道なのだ。

マスターから教授されたヨーガの呼吸法で精神を平静な状態へと調(ととの)えていくと、幻痛は徐々に収まった。

だがこの方法も、一時的なまやかしでしかない事もわかっていた。

『この痛み』から真に解放される為には、恐怖の記憶の根源を断つしか、方法が無いのだという事を。

その刻のために、耐えるべき時は耐えねばならない。

浅はかな衝動に身を委ねてはならない。

ピピ....という着信音が若者を現実に引き戻した。

バイザーの右上に、基地からの直通通信を受信した事を示す記号が明滅している。

「天海(てんかい)のじいさんか....」

操縦幹の前の計器類のボタンのひとつを押すと、赤外線処理を施(ほどこ)され 鮮明に見える外界の映像を背景にして、
ところどころ油で汚れた白衣をまとった老人の姿が、3D映像で浮かび上がった。

「よお!旋風(せんぷう)!」

老齢のわりには威勢が良いべらんめえ口調も、やけに色艶の良い顔色、オレンジ色の派手なトンボメガネ、大分生え際が
後退してはいるが、パンクロッカーのように逆立てた白髪と、どこかイッてしまっている老人の口から出て来ると、
さほど違和感も感じられない。

「どうじゃ?儂のサイコー傑作
『ゴールド・ウィンド』の初乗りの感想は?!」

少年のように眼をキラキラさせながら、3Dの老人の顔が旋風の眼前に迫る。

「おう!なかなかいいぜ、気にいった!加速の時に感じる体の負担も、偉く軽いしな!」

「そうじゃろ?そうじゃろおお!」

旋風の答えを聞いて、俄然(がぜん)テンションが上がっているようだ。

「儂もお前のように若けりゃ、自分がパイロットに志願して乗りこなしたいところじゃわ!」

「いや、今からでも遅くないだろ」

「このガキャ、お世辞など言いよってからに!わははははははははは!」

老人....天海の後ろでは趣味の
デスメタルが大音響で鳴り響いている。
天海専用の地下ガレージだから許されるだろうが、集合住宅であれば苦情の嵐になる事だろう。

「お世辞を言っても何も出て来んぞ....と、凡人なら言うところじゃが、お前用に新しい義手を造っとったところじゃ!ほれ!」

「う....!なんか派手すぎねーか?!」

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