《MUMEI》

作業台上に万力で固定された『それ』
は、乗機の『ゴールドウィンド』と対(つい)になるかのごとく黄金色の
輝きを帯び、天海の手元の工具が回路をいじる度(たび)、生物のように指先をぴくぴくうごめかせた。

「なかなかイカしとるじゃろうが!
強度もパワーも現在の義手より二倍増し!...にも関わらず豆腐を箸
(はし)で掴むような、繊細な作業にも対応できる優れものじゃぞ!
さらにこの義手には隠しアイテムも内蔵されておってな、説明すると長くなるのじゃが.、ここの...」

「じいさん....」

「いや、ザクッと説明するとじゃな....」

「また幻痛が出やがった」

「ふむ....」

天海が一瞬黙ると真顔になった。

「幻肢痛(げんしつう)に効果があるというミラーボックス治療も、一時的な
効果のみで完治には至らんか....」

天海は憐れむように旋風を見ると、
ため息を吐いた。

幻肢....幻の四肢を意味する言葉のとうり、生まれながらに、あるいは事故や病気などで手足を失ってしまった人が、あるはずの無いその部分を、存在するかのように感覚する症状をいう。

そのあるはずの無い手足が、すさまじい痛みを感じるという。

それを幻肢痛と呼ぶ。

脳の誤認だといわれるが、あくまでも
仮説で本当の原因は解明されていない。

存在しない手足の痛みには、どんな鎮痛剤も効かない。

ある医者が言った。

それは脳の錯覚だと。

ならば、その錯覚を利用すれば良い。
錯覚には錯覚を....という訳だ。

真ん中を鏡で仕切られた箱に両腕を突っ込む。
その時に正常な方の腕だけを見えるようにしておけば、被験者の『脳』は鏡に映された無いはずの腕を、あたかも存在するかのように錯覚する。

『鏡に映った、何の異常も苦痛も無い正常な腕』を繰り返し見る事で、幻肢痛の症状は軽くなる事があるらしい。

暗示を利用した治療だが、完治したと思っても数年後に再び発症する事もある。

確かな治療法は無いというのが現状なのだ。

「痛かろう。辛かろう」

天海が言った。

「じゃがこの儂にも義手の修理や改良は出来ても、お前の痛みを取り除く事は出来ん....。
ことに、魂の傷が発する痛みはな。
許せ、旋風」

「ああ、じいさんはちっとも悪かねえよ。
痛み止めの錠剤を山ほど飲もうが、マスターから教わったヨーガの呼吸をやろうが、鏡の箱に手を突っ込もうが、そんなのは気休めに過ぎない。
俺にもわかっているのさ。
どうすればこの痛みと永遠におさらばできるのか」

またも炎の照り返しを受けて、脂光りする黒い顔が旋風の眼前に浮かんだ。

この空の磁場がそうさせるのか、今夜の幻はいつも以上に生々しさを感じさせる。

周りの炎の熱さまでが伝わって来るかのようだ。

奴は言ったのだ。

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