《MUMEI》

『我が元へ帰って来い』と....。

「旋風....」

その時、誰もいるはずの無い背後の
副操縦(コ・パイロット)席から自分を呼ぶ声が響き、旋風ははっとなって身を固くした。

『司令が呼んでいるよ....』

肉の焼け焦げたような匂いと共に、幼い少年の声が、息づかいさえ聞こえそうな
距離で耳元に囁く。

だが旋風の動揺は一瞬だった。

「わかった」

背後の何者かに答える声は平静だった。

「ん、なんじゃ?」

天海が不審そうに尋ねると、旋風は申し訳なさそうな顔になって言った。

「悪い、じいさん。司令が呼んでいる。続きは基地に帰ってからにしようぜ」

言い終わる間もなく、バイザーの右上に受信サインと、その下に『最優先』の
文字が赤く明滅する。

「おう!基地に帰って来たら一度ガレージへ寄れや!
さっそく新しい義手を付けてやる!」

「ありがとう。楽しみにしてるぜ」

天海の映像が消えるのと入れ替わりに、
『プロメテウスの剣』の司令官である
キリガクレ才蔵の姿が3Dで浮かびあがる。

背後の気配は、焼け焦げたような匂いだけを残して消失していた。

「で、どうだった?」

主語を飛ばした単刀直入な物言いは、いつもながらの平常運転であった。

長髪で冷厳そうな美貌のキリガクレ才蔵は、指を組んだ両手の甲の上に鼻の頭を乗せ、まっすぐ旋風を見ながら尋ねてくる。

「最大望遠で監視していましたが、
マスターDからの合図は最後までありませんでした。恐らく所在はまだ発見できていないものと思われます」

旋風も、まっすぐ才蔵を見返しながら答えた。

男でも見惚れてしまいそうなキリガクレ才蔵の冷厳な美貌には、見惚れた者に対して強烈な毒でも吐きかけるように、禍々(まがまが)しい傷痕が、鼻骨の左上から右の頬へ向かって斜めに走っている。
誰もが才蔵の美貌に一瞬見惚れた後
その傷痕を眼にすると、何か見てはいけないものを見てしまったように眼をそらすのだった。
しかしその傷痕は、この才蔵という男が
『痛みというものを知る人間』である事の、証しを示すものともいえた。
どちらかといえば反抗的な気質を持つ
旋風がこの司令官に従うのも、才蔵のそんな部分に対して共鳴を感じるが故(ゆえ)の事とも言えた。

「そうか。ブツは転移したな。
後はどちらが先に見つけるか、だな。
旋風、すぐ戻れ。
基地に戻ったら4時間の睡眠をとり、その後ブリーフィングルームに集合。
今後の作戦を伝える」

「了解!『ゴールドウィンド』、偵察飛行を終了し、只今より基地に帰還します!」

通信を切ろうとして、そこで言い淀んだように質問を発したのは、いつもの旋風らしからぬ事だった。

「才蔵さん、ひとつ聞いてもいいですか?」

「何だ?」

才蔵が眼を細めた。

「『神のペン』とは一体何なのですか?」

「知りたいか?」

冷厳そうな眼の奥に微笑(えみ)が浮かんだ。
一瞬らしからぬ茶目っ気の影が、才蔵の顔をよぎる。

「......」

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