《MUMEI》

「俺にも言葉では、上手く説明できない....。わからぬ。」

「え?!」

旋風は呆気(あっけ)に取られた。

その答えに、である。

常に論理的で、明確な言動を旨(むね)とする才蔵の言葉とは思えなかったからだ。

「だけど才蔵さん!わからないものをどうやって探せって言うんですか?!」

才蔵の肩が震えていた。

口許が隠れているので始めはわからなかったが、くくくくっと漏れてくる音が含み笑いである事を疑った瞬間、旋風の中で苛立ちが芽生えた。

まさかこの人、笑っているんじゃあるまいな。

いや、そんなはずが無い....。

才蔵さんが人の真面目な質問に対して、おちょくるような態度をとる人であるわけが無い。

旋風は最後まで信じたかったが、あっさりと裏切られた。

組んだ両手の指をほどいた下から現れた才蔵の顔は、完全に満面笑顔だった。

信じられない、信じたくない旋風の眼前で、才蔵はそのまま両手の掌を(お手上げだ)と言わんばかりに上向けると、

「何と言われようと、わからないものはわからないんだな、これが」

すっとぼけた顔で言った。

「ちょっと待ってくれ。わからない、のひと言ですまされる問題なんですかね?」

今度の旋風の声からは、明らかに隠しきれない苛立ちが滲んでいた。

「ふふふ、わからない、という事はわからないのだよ。
これだけ言ってもまだわからないのかね、旋風くん」

のらりくらりとした言動と、やけに馬鹿丁寧な『旋風くん』の発音がツボだった。

旋風は爆発した。

「なめてんのかよ、あんた!
こっちは体張ってんだぞぉっ!!」

3D映像の顔に向けて、銀色に輝く指先を突き付けて怒鳴る。

才蔵は動じたふうも無い。

「まあ落ち着けよ旋風。短気は損気というぞ」

「あんたはわかっているのかっ?!
俺だけの問題じゃない!あんたの命令ひとつで死地へ赴く人間の気持ちが!
マスターだって、他の潜入員だって、
ばれたら殺される危険を犯してゴッドアイに潜入してるんだぞ?!
あんたのいう『わからない何か』を探るために!
潜入した中には、本当に人知れず抹殺された奴らだっている!
そんな墓さえ建ててもらえない奴らに顔向けできるのか、あんたはっ?!
あんたの口から、金輪際わからないなんて言葉は聞きたくないんだよおおお!!」

「フッ。手厳しいな....。
旋風、全てお前の言う通りだ。
このままでは俺は顔向け出来ん。
俺の命令のために死んでいった者達に!
自分の人生を犠牲にして、散っていった一人一人の名前と顔を、この才蔵、一刻たりと忘れた事は無い!
その一人一人の顔が言うのだ。
俺達の意志を果たしてくれとっ!
俺にはもう後戻りする事は許されないのだ!
俺のこの手は彼らの血にまみれている」

「....!!」

「なのに....なのにっ!
わからないのだよっ!
彼らが命と引き換えに残してくれた
情報の意味がっ!
どんなに考えても、わからないのだよ!
旋風!俺はどうすればいいのだああああ!!」

キリガクレ才蔵は机に突っ伏すと、髪の毛の中に両手の指先を突っ込んで、
ガリガリとかきむしり始めた。

「才蔵さん....」

才蔵から伝わってくる真実の苦悩に、
旋風は身内の熱い怒りが急速に冷えていくのを感じた。

「わからない!わからないんだよおおお!!」

よほど強く爪を立てているのだろう。

ガリガリガリガリという音が響いている。

「彼らの命のメッセージなんだ!....神のペン...それは....」

ぶつぶつ呟き続ける独り言の後のほうは、旋風にもよく聞き取れなかった。

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