《MUMEI》

「才蔵さん大丈夫か?しっかりしてくれ!

「う....旋風?」

才蔵が我に返ったように顔を上げた。

その顔を見て、旋風は思わずワッ!と声を上げて座席の上で飛び上がった。

才蔵の髪の毛の間から糸のような血の筋が十本、ぬるぬると伝わり落ちてくる。

才蔵はそれでも頭をかきむしるのを止めようとせず、相変わらずぶつぶつと呟き続けている。

旋風を認識したと思ったのもつかの間、
その眼はすぐに何処(いずこ)か有らぬ一点を凝視する。

そこが才蔵自身の頭の中の迷宮であるのは、疑いようがなかった。

「神のペン....それは存在せず、存在するものなり....定まった形を持たず、確かな形を持つ....
極大で極小....
見る者によってその有り様を変える....
それ自体は意志を持たず、絶対の意志を持つものなり....
それは宿命であり、運命である...
それ、すなわち神のペンなり....」

「まるで謎々だ....」

「ダメだ!いくら考えても、さっぱりわからない!わからないんだよぉ旋風!」

才蔵が血の跡で斑(まだら)になった顔を上げ叫んだ。

「確かに....」

旋風も同意せざるを得なかった。

論理的思考が強い才蔵だからこそ、思考の泥沼に堕ちていく様が眼に見えるようだった。

「才蔵さん、少し言い過ぎた。謝るよ」

この人は心が壊れる寸前まで思い悩んでいたのだ。
部下の俺達のために....。

「カッとなっちまった!まさかそこまで才蔵さんが悩んでるとは、知らずに」

すると才蔵が驚くべき行動に出た。

あまりに素早い動きであった。

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