《MUMEI》

うぉおおっ!

キリガクレ才蔵の両腕が高々と頭上へ持ち上がると、次の瞬間バーーン!と両掌
が机上に叩きつけられた。

その勢いを利用して両膝(りょうひざ)
が椅子の上から跳ね上がる。

ドン!と音がして机上に正座になった
才蔵が、呆然(ぼうぜん)と見守る旋風
の眼前で両手を着き、深々と頭(こうべ)を垂れるまでの所要時間....
わずか0、5秒!

旋風の動体視力だからこそ、才蔵の動きの全てが捉えられたのかも知れない。

DOGEZA....

その行為と存在は知ってはいたが、眼前で行われるのを見るのは、旋風も初めてである。

東方のエルドラド(黄金郷)と呼ばれる『ジパング』の風習であるその態勢は、勝敗のみが重視されがちな現代の世界的な視点から見れば、対する相手への屈服と忍従を意味し、非常に屈辱 的な立場にその行為をする者が立たされる事を意味する。

世界的に見てもこのような風習は『ジパング』独自に伝わるもので、東洋の神秘のひとつとして、外国の者からは認識されていた。

しかし上司が部下に対してこのDOGEZAを行うという事は、場合によっては組織内においての権威の失墜....悪くするとその余波を受けての、組織の崩壊の危険性さえ伴う行為なのだった。

そんなロシアン・ルーレットのごとき
我が身に危険の及ぶ行為をためらいなくやる....わずか0、5秒で!

この男ただ者では無い。

「な....!」

旋風は呻きを発した後、凝固した。

才蔵さん、やっぱりあんた凄いよ!

凝固する旋風の眼前、深々と頭を下げたままで才蔵は語り始めた。

「謝るべきは私の方だ、旋風。
許してくれ、とは言わん。
今の私の立場ではそれは言えぬ!
もしも犠牲になった数々の同志達の命と、この粗末な首ひとつ、捧げる事で
釣り合うならば今すぐに叩き落として墓前へ供えてくれよう。
だが駄目だ!
その程度では釣り合わぬ!
私はあえて生き恥をさらして生き延びねばならない!
彼らの....死者達の意志に、及ばずながら少しでも報いる為にも!」

変わり身の早さ、あざとい媚びからくる言動であれば、旋風はすぐ見抜いただろう。
才蔵は心からそう思い、そう語っている....旋風の直感がそれを認めた。

「才蔵さん、頼むから顔を上げてくれ。
才蔵さんは以前に言った事があるよね。
俺達は現在の状況では軍隊のような組織の形を取らざるを得ない。
しかし本来は同志の集団なのだ、と。
だからあなた一人で全部を抱えこまないでくれ。
神のペンの秘密は、これからは俺も一生懸命考えてみるよ。
この単純バカな脳みそを絞ってね」

「旋風よ、ありがとう....」

才蔵が顔を上げた。
その眼にキラリと光るものがあった。

映像の外側からハンカチを握った女性らしい白い腕が伸びると、才蔵の目尻の涙をちょんちょん拭(ぬぐ)い、ついでに顔の血の跡も拭いて再び映像の外へ消えていった。

誰....?

旋風に疑念がよぎったが、今はそれ以上に差し迫った疑問があった。

「才蔵さん、最後にひとつ訊いていいかい?
神のペンが一体何なのかという疑問は
一旦置いとくとして、仮にもしもそれを見つけたら、どうするつもりなんです?」

「破壊するっ!」

才蔵が即答した。

「えっ?!」

「我々の目的は初めから決まっている。神のペンを見つけたらそれを
破壊し、この世から永久に消し去るのだ!」

「神のペンを見つけだし、破壊する....」

旋風にとって、またしても予想外の答えだった。

「神のペンの正体はわからない。
だがそれが人間の運命を操るほどの、
巨大な力を持つ存在である事は明らかだ。
その力を一部の傲慢な人間達が手に入れ、好き勝手に世界を創り変えようとする。
ゴッドアイがそれをやろうとしている!
人が人の運命を操る!
未来とは神を名乗る者達から与えられるものではない!
そんな事を許してはならない!
その大本である神のペンは、破壊しなければならないのだ!」

その時旋風の背後にある、誰もいない筈の副操縦(コ・パイロット)席の方から、焼け焦げたような匂いが再び急速に強まった。

『旋風....敵が来る....!
気をつけて....右....』

「何ィっ?!」

前へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫