《MUMEI》

「やめたぁ。」

俺の頬を大きな手で挟む。上下左右に揉まれた。指が髪まで届く。


「あんだよー、自己完結?一人で盛り上がっちゃって。」

全く気分が乗ってない訳じゃないのに。キスくらいはしたかったかも。


「おベンキョしよーぜぃ。もし今さ、抱いてしまったら溺れてしまう。同等に愛し合いたいから、俺ばかり欲しがって嫌われたくないから。」

七生って俺よりずっと我慢してくれてるんだな。七生、俺が悩んでるの本能で気が付いてるのかも。


「ん。ありがと」

脇腹のシャツを掴んだ。


「チベタイ!拭くな!」

七生の家のトイレにタオルないし。






「七生、俺の何処が好きなの?」


「え、何で!」

シャーペンを手から零した。急な質問で動揺したのか。勉強の合間の無駄話くらいにしてくれればいいのに。俺はというと計算式を解くのが止まらない。


「深い意味はないけど改めて七生の口から聞いてみたくなったんだ。」

意味はあるさ、不安で仕方ない。七生といられるか、恐い。


「鳶色の髪と瞳が好きだ。触れたときの髪と肌の柔らかさが好きだ。細い体を駆け巡る鼓動の高まりが好きだ。自分より俺のことを考えてくれてるとこが好きだ。


好きだ好きだ好きだよ。これは、愛かな。

いつでも聞いて、うんざりするくらい唱えるよ?耳元で囁いて欲しい?」

七生が見つめて与えてくれるものは視線だけじゃない。飾らない好意が愛おしい。ただただ満たされて俺は俯きノートに注視することでむず痒さを隠す。


感動のあまりにご飯の味も記憶が曖昧だった。

「眠くなって来た。帰ろうかな。11時じゃん、4時間は頑張ったな。」

筆記用具をしまい始める。


「そっかぁ、帰るか。」

七生は教科書をテキパキ片付けるもまだ名残惜しそうな顔をしていた。



でも泊まる勇気はまだない、呼び止めないのは彼の優しさだ。玄関に立ってから彼に付け込んだ罪悪感を感じてしまう。


「七生、ちょっと」

手招きして目の前に立たせた。飼い犬のように黙って寄ってくる。
視線に調度七生の口が見えた。今日は大人しい俺を幸せにさせる唇。ときには甘い声で、ときには激しく求める唇。



秒針より早いタイミングで接吻する。触れるだけのやつだ。それだけなのに熱は廻る。


「七生が好きだよ。」

七生、俺だって好きさ。言い出すタイミングが解らなかっただけ。
玄関でちうをするのは照れ隠しのためだと、外に飛び出し走っている今、思った。

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