《MUMEI》
3
緒方鉄博は、銭湯の番台にすわりながら考えていた。

こんな男が番台にすわってるような古いスタイルの銭湯は流行らないのか。

昔はそれが当たり前だったし、家に風呂がない時代だから誰も疑問に思わなかったが、番台から女湯の脱衣所が丸見えというのは、ある意味凄いことだ。

女性の番台なら問題はない。

女性に見られて嫌な男性は少ないからだ。

しかし男性の番台となると、若い女性は恥ずかしいだろう。

そんなことを考えているところへ、高校生かと思うような若い女の子が入ってきた。

「あ、いらっしゃい」

初めて見る客だ。

短めの黒髪に、愛らしい顔。黄色いシャツに、白の短パンに裸足で、見事な美脚を披露する美少女。

(かわいい)

彼女は大胆にも番台から一番近くのロッカーの前に立ち、服を脱ぎ始めた。

(おっと、見たらアカン)

緒方は見たい気持ちを抑えて、男湯のほうへ目を向ける。

彼女は素っ裸になると、タオルなどを持って女湯に入った。

(かわいいなあ。高校生かな。大学生?)

こんな若い子が来て、しかも古い番台スタイルに何の疑問も感じていない様子だった。

ならばこの銭湯を閉めるのはまだ早い。

そういう結論に達したところで、美少女が戻ってくる。

結構早風呂なのか。

「ふう」

彼女は色っぽい声で溜息をつくと、裸を隠すことなくタオルで全身を拭き、髪を拭く。

(おっと、見たらアカン、見たらアカン)

美少女は体にバスタオルを巻くと、番台の目の前にあるドライヤーのところへ来て小銭を入れ、髪を乾かし始めた。

(そのカッコで髪乾かしちゃう? バスタオル一枚で乾かしちゃう?)

こんな美しい娘のバスタオル一枚の姿は、そう見られるものではない。

思わず釘付けになってしまう。

着替え中に全裸を見るのはいけないが、本人がバスタオル一枚で番台の目の前に来ているのだ。

見ても反則ではないはずだ。

(ふふふ、あたしのこと、見てる見てる)

彼女のほうが上手だった。

都倉結菜は、男性が番台にすわって男女湯両方を見渡せる古いスタイルの銭湯を探していたのだ。

緒方は思った。

(俺のことじじいだと思って、男として意識していないってことか?)

そういう理由なら許せない。

緒方鉄博66歳、現役バリバリ。

(テクならその辺の若造には負けへんでえ)

髪を乾かした結菜は、今度はバスタオル一枚に裸足のセクシーな格好で、牛乳を買う。

番台の緒方に小銭を渡した。

「毎度」

「毎度って、きょう初めてですよ」キュートなスマイル。

これは嬉しい。この子はいい子だ。せっかく相手から話しかけてきたので、緒方も会話したくなった。

「お姉ちゃんは大学生?」

「はい、大学1年です。高校生に見えました?」

「いやいや」

結菜はバスタオル一枚の姿のまま、番台の目の前で牛乳をゴクゴク飲む。

(大学生か、良かった)

高校生の半裸を見て興奮してはいけないという、彼なりのポリシーがある。高校3年生と大学1年生は1歳しか違わないのだが、その1年が重要なのだ。

R18というように、18歳と19歳では天地の差で、今なら法律的にも犯罪になるか否かの大差でもある。

結菜は牛乳瓶を置くと、ロッカーに戻った。

平気でバスタオルを取り全裸になる。

(おっと、ここからは見たらアカン)

着替えをまさか覗かないという信頼関係のもと成り立っているのが、番台と女性客なのだ。



服を着ると、結菜は「おやすみなさい」とかわいい笑顔であいさつする。

「帰り気をつけてね。お嬢ちゃんみたいな美人さんは特に気をつけないと」

「アハハ」

美人と褒められて、結菜は悪い気はしなかった。

お世辞でもルックスを褒められるのは嬉しい。



アパートに帰宅した結菜。

借りる時に1階しか空いていなかったので、彼女は仕方なく1階に住んだ。

銭湯の番台を思い出す。

「今度は全裸で髪乾かそうかな。でも説教されたら悲しいし、気まずくなって行けなくなるのは困るから、全裸はダメか」

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