《MUMEI》
股にピストル 1
いつもの銀行の風景だった。平日の午後2時。若い女子行員が、爽やかな声で名前を呼ぶ。「嶋田刃条さん」

嶋田はともかく、はじょうというのは珍しい名前だ。180センチの長身。眼鏡をかけている。夏でも黒いスーツをピシッと着て、無表情の強面。実は殺し屋と言われても頷いてしまう風貌だ。

女子行員と少し話す。低い声だ。嶋田はもう一度長イスにすわり、呼ばれるのを待った。彼は、隣の男が先ほどから気になっていた。夏とはいえ、油汗のような大汗が額から出ている。体調でも悪いのか、蒼白な顔で震えている。

嶋田が声をかけようと思った時、その若い男は、猛然と立ち上がり、カウンターへ向かった。

「おい」

「あ、すいません、順番でお呼びしておりますので」

「うるさい。これに1000万円入れろ」

「はい?」

男はスポーツバッグを乱暴に放り投げた。

「あの?」

「舐めてるのか貴様! どいつもこいつも俺をバカにしやがって!」

泣き顔で叫ぶと、いきなり天井に向けて銃を発砲した。

「きゃあああああ!」

銃声という非日常の出来事に、女子行員も客も悲鳴を上げた。嶋田は驚いた。体の具合が悪いのではなく、そういうことだったのかと。

「おい、早くしろ! 警察に通報したら撃ち殺すぞ!」

すでにボタンは押した。あとは警察が到着するまで撃たれないように皆は身を隠した。しかし、女子行員一人に任せるわけにはいかず、勇敢な男性行員が1000万円をバッグに入れる手伝いをした。

「テメー、わざとゆっくりやっているな。急げ。ざっくりでいいんだよ。980万円だったとしても文句言わねえから、さっさと入れろ!」

ようやく1000万円が入ったバッグを手にすると、男は銀行を出ようとした。しかし。

「あああああ!」

パトカーが急ブレーキをかけて止まるのが見えた。近くをパトロールしていた警察車両が次々と来る。男は血相変えて戻ると、女子行員の一人を捕まえて、銃を突きつけた。

「やあああ・・・やめて、やめて」

「よくも通報しやがったな。どこまで俺を舐めれば気が済むんだ、どいつもこいつも」

嶋田は長イスにすわりながら、冷静に犯人を見ていた。セリフから察するに、何かで絶望して凶行に及んだのだろう。素人が銃を入手できるとも思えないから、本物そっくりのオモチャか。

電話が鳴る。カウンターの女子行員は恐る恐る犯人に聞いた。

「出てもいいですか?」

「どうせ警察だろ。出ろ」

「はい」彼女は震える声で電話に出た。「もしもし・・・はい、そうです・・・あ、はい」女子行員が弱気な目で犯人を見つめた。「あの、警察が電話に出てほしいと」

男は面倒くさそうに受話器を奪った。

『警察だ。バカなことはやめなさい。君は完全に包囲されている。人質を一人も傷つけなければ罪は軽い』

「うるせえ。ワンパターンなセリフ吐いてんじゃねえよ。もう飽き飽きしたんだよ何もかも」

『落ち着きなさい。銃を置いて、おとなしく出てきなさい』

「ふざけろ。こっちには大勢人質がいるんだからな。車を一台用意しろ。俺の逃走用だ。それから運転手は女だ。わかったか」

『待ちなさい。今ならまだギリギリ間に合う』

「黙れ。5分待つ」

『無茶言うな。5分じゃ無理だ』

「5分しか待たねえ。5分たっても用意できなかったらなあ、俺をバカにしたと判断し、ここにいる女子行員と客の女全員を素っ裸にするぞ」

刑事は蒼白になった。

『バカなことはやめなさい!』

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