《MUMEI》
翌日
 自宅へ向かって歩く羽田は、度々その足を止めた。
建物の違和感については、なんとなく慣れてきたのだが、通り過ぎる人たちについては別である。

 誰がどちらの世界の人間なのかわからない。
向こうの世界の人間に羽田の姿は見えていないため、彼らはまっすぐ羽田に向かって歩いてくるのだ。
そして、その体を通り抜けていく。
初めて、その現象を目の当たりにした時、思わず羽田は叫び声をあげてしまった。
そして、こちらの世界の人間に注目され恥ずかしい思いをしたのだ。

 それ以来、人が通る度に立ち止まり、その行く手から避けるようにしているのである。
いくらぶつからないとはいえ、自分の体を他人が通り過ぎるなど気持ち悪くてしかたない。
 人通りのない道をできるだけ選びながら、羽田は自宅へ帰った。


「はあ。………疲れた」

 羽田は鞄をそこら辺に投げるとベッドに倒れ込んだ。
同時にテラがピョンと肩から飛び降りる。
「あれ、テラ?」
羽田が呼ぶと、テラは仰向けになった羽田のお腹に現れた。
テラは羽田の体に触れている間はその姿を見ることができるが、一度離れるとまったく見ることができないようだ。

「なんか、不便よね」

テラの小さな頭を撫でながら呟く。

「わたしが呼んだら、すぐに来るんだよ」

するとテラは理解したように喉を鳴らした。


 翌日、羽田はテラを鞄に入れて学校へ向かった。
鞄といっても、テラ用に中には柔らかな布を敷いている。
仕事用の鞄とは別である。
多少、荷物になるが仕方ない。
一日中テラを肩に乗せているわけにはいかないだろう。
 どうやらテラも気に入ったらしく、中でさっそく丸くなっていた。


 学校に着くと、いつもと変わりない光景が広がっていた。
羽田は生徒たちと挨拶を交わしながら、職員室へと向かう。
なぜかそのいつも通りの光景に安堵を覚える。

 職員室の自分の机に座ると、羽田はテラの入っている鞄をその机の下に置いた。
ここならば、誰かに蹴られることもないだろう。

「テラ、大人しくしててね」

小声で言うと、羽田は鞄をポンポンと叩いた。

「なにやってるんですか?羽田先生」

 突然声をかけられ、羽田は後頭部を机にぶつけてしまった。

「だ、大丈夫ですか?」

心配そうに手を差し延べてきたのは、国語の教師である桝岡隆だった。
 羽田と同じ年頃で気の合う同僚である。

「大丈夫です。ちょっとペンを落としちゃって」

「そうですか?あ、朝礼始まりますよ」

桝岡はそう言うと、教頭の席の近くまで移動した。
羽田も頭を痛む撫でながらそれに続く。


 特に重要な連絡事項もなく、淡々といつものように朝礼を終えると、羽田はホームルームをするべく、自分の教室へ向かう。
あの騒ぎに関しての報告は、面倒なので放課後に回すことにした。

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