《MUMEI》 17病院のベッドの中。千香はぼんやりと窓の外をながめていた。面会謝絶だが、警察関係なら、名前を聞いてから会うことにしていた。 看護師が病室に入り、千香に聞いた。 「面会なんですけど」 「誰ですか?」 「香川という人が」 「あ、通してください」 千香は上体を起こした。警視の香川嵩之が入ってきた。髪の短いスーツ姿の男。千香と瑠璃子のほかにも、囮捜査官をしている女性警察官の直属の上司だ。 「千香、気分はどうだ?」 「大丈夫です」 香川はイスを持ってきてすわると、優しい眼差しで千香を見つめた。 「弓矢孝之の話だと、用心棒との仲間割れらしいな」 「・・・ええ」 香川は後ろを振り向き、誰もいないことを確認すると、声を落とした。 「その巨漢は、コングと名乗っていたか?」 千香は驚いた。「はい。香川警視は、コングを知っているんですか?」 「ああ。一応ブラックリストに載っているお尋ね者だ」 「お尋ね者?」 そういえばコング本人がそう言っていた。 「コングは神出鬼没だ。どこに住んでいるかもわからんし、国籍年齢も不明だ。ただ、共通していることが一つだけある」 「何ですか?」 「コングと闘った女性は皆、自分を被害者とは言わない。正々堂々バトルをしただけで、暴力をふるわれたわけじゃないと。そして、コングのことを悪くは言わない。意味わかるか?」 千香は、コングの満面笑顔を思い浮かべた。 「わかります」 「わかるのか?」香川は身を乗り出して聞いた。 「コングはあたしの命の恩人です。コングがいなかったら、あたしは生きたまま切り刻まれていたかもしれません。会ってお礼が言いたいくらいです」 香川は意外そうな顔をして頷く。 「そうか」 「なぜブラックリストに載っているんですか?」 「あちこちの悪党の用心棒として雇われている。善良な市民でないことは確かだ」 警察官としては複雑だ。足を洗うように説得したい気もするが、人の言うことを聞くような男にも見えない。それに、根っからのヒールではないにしても、究極のSであることは間違いない。 千香は想像した。会って話をしたいのに、バトルを挑まれたら困る。もしかしたら変態かもしれない。あの怪力に本気で襲われたらアウトだ。思いを遂げられてしまう。 「千香」 「はい」 「ゆっくり休め」 「はい」 香川警視は部屋を出ていった。千香は両手を上げて軽く伸びをすると、寝ようとしたが、また看護師が入ってきた。 「また面会なんですけど」 「誰ですか?」 「あの、コングって言えばわかるって」 「え?」 前へ |次へ |
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