《MUMEI》
18
千香は一気に胸がドキドキしてきた。まさかコングが見舞いに来るとは。普通に考えて断る。いや、香川警視に連絡しなければならない。そもそもコングと香川が廊下ですれ違うことはなかったのか。あの巨漢だ。目立つはずだ。

「どうします、断ります?」

「いえ」千香は度胸を決めた。「通してください」

「はい」

先に花束が見えた。洒落たことをする。千香は身構えた。しかし花束から顔を出したのは、コングではなく瑠璃子だった。

「え?」

「千香さーん」瑠璃子が笑顔で睨む。「コングって聞いて、通してくださいってどういうこと?」

「あ、それは・・・」

「いかんね、そういうことじゃ」

「瑠璃子だと思ったのよ」

「絶対違うよ。恋でもしたの?」

「待ちなさいよ」心外な一言に千香は唇を尖らせた。「あたしにも選ぶ権利はあるわよ」

瑠璃子は真顔になると、言った。

「あたしたちも格闘術は訓練しないとね。コングみたいのが根っからの邪悪な敵だったら、アウトだったわけだから」

「そうね。複数の男相手でも勝てる訓練と、コングのような巨漢にも怯まない自信がつくまで、猛特訓しなきゃ」

千香の瞳は燃えた。

「力で組み伏せられて、脅されて屈するなんて悔しいからね」

「女にとってあんな悔しいことはないわ」

かといって意地を張ったために残酷な目に遭わされたら意味がないから、拷問されたら降参してしまうのは、仕方ない。生身の体だ。とにかく女は捕まったら何をされるかわからない。だから捕まってはいけないのだ。

瑠璃子が笑う。「コングを特別コーチに任命しようか?」

「ふざけないで」

「そうすれば今までの罪は許すと」

「平気で雇った人間を裏切る男だからね。瑠璃子なんか道場で襲われちゃうよ」

しかし瑠璃子は口もとに笑みを浮かべた。

「会ってみたい気もするな」

「会わないほうがいいよ。どこまで冗談で本気かわからない人だから」

「千香さんはどうなの?」

瑠璃子の問いに、千香は自問自答した。会いたい気もするし、会わないほうがいい気もする。いい人かもしれないし、それはかいかぶりで、悪党かもしれない。全く読めない。

今後も潜入捜査で敵のアジトに潜り込む危険な任務があるかもしれない。もしも再びコングと遭遇してしまったら。それを考えると、やはり怖い。

実際問題、敵をも味方に変えてしまったのは、千香の魅力なのだが、彼女はそこまで自惚れていなかった。

「瑠璃子」

「何?」

「今度面会来る時は瑠璃子って名乗りなさいよ」

「アハハ。千香さんもコングって言ったら断らないとダメよ」

「シャラップ」

「結婚式には呼んでね」

「やかましい!」



END

前へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫