《MUMEI》
中野先生と愛情の話
__嗚呼、生きている。

寝台で目を覚ました僕は、開口一番そう呟いた。
傍の椅子に座った司書さんの手が僕の冷えきった指先を包む。

「先生、無事でよかった」

平均より少しがっしりした体格の彼が、今日はなんだか小さく見える。

「ごめんね、賢者の石が壊れちゃった」

「そんなこといいんです。石はまた買えばいい。でも、先生はひとりしかいないから」

「僕がいなくなっても、直ぐに新しい魂は転生するよ?」

「でも、それは俺と最初から一緒にいてくれる初期文豪の中野先生じゃない」

司書さんの手が、僕の存在を確認するかのように輪郭をなぞる。

「先生がいなくなるって考えただけで、ぞっとしました。今もこれが夢なんじゃないかって思ってます」

大袈裟だなぁ、なんて言いかけて、それをなんとか飲み込む。

駄目だ。
今下手なことを言ったら絶対に司書さんが泣く。そしてセ○ムこと徳田先生に殺される。それだけは避けたいところだ。

暫く迷って僕は司書さんの顔をそっと引き寄せ、それから耳にふっと息を吹き掛けた。

「ひゃッ」

「僕が元気だって、ちゃんと解らせてあげる。今日の仕事が全部済んで湯浴みも終わったら僕らの部屋においで」

「きょ、拒否権は……?」

「あると思ってるの?」

余程周章てていたのだろう、洋墨塗れの手袋に視線をやる。

「あんなに周章ててくれる程愛されてるんだから、同じぐらいの愛を返してあげないとね?」

「ひぇ……」

変な声を上げた司書さんの手の中からそっと自分の手を抜いて起き上がり、頬にそっとキスを落とす。

「また今夜ね」

補修室を出て部屋に戻る僕の足取りは、自分でもびっくりするぐらいに軽い。
だって今は、あんなに可愛い彼をどんな風に愛してあげるべきか考えるのに夢中なのだ。

(あんな可愛い司書さんだもの、離れたくなくなるなぁ)

僕は、司書さんの反応を想像しながら部屋のドアを開けた。

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