《MUMEI》
崩れる足下
外科医兼理髪師という職業がある。名前としては医者のようだが、そうではない。余興を催し、楽しませ、集まった人々の中に健康上の゙悩み゙を持つ相手には、簡単な治療処置と――半分インチキの入った治療薬を販売する、芸人と薬屋と……そして非常にお粗末ながら医者の混ざったような職業。

性質上、どうしても病死と――彼らの生業とは結びつけられて考えられてしまう。悪魔、悪い魔法使いといった誹謗も受けやすい。

他にも理由はたくさんあったが、とかく教会とは相性の悪い人々だった。

そしてあるやり手の外科医兼理髪師もまた、ご多分に漏れず教会に睨まれていた。



その結果、現在は絶賛……広場の中心でヒト入りキャンプファイアにかけられてローストされていた。 なんの事はない火刑である。とある老婆が死んだのは病気のためだったが、それを治療者たる彼らが邪悪な魔術を用いて死なせたと老婆の遺族が訴えたのだ。

珍しい光景ではない。広場に集まった人々は、外科医兼理髪師と、その見目麗しかった奥方が縮れ毛のはりついた焦げた人形に変わる様を当たり前のように楽しんでいた。屋台が儲けられ、道化がリンゴを投げ、猥歌が歌われ人々はつかの間の娯楽を楽しむ。

野蛮だが生活の一部。このまだまだ発展途上のミッドランドにおいては当たり前の光景、記憶されることもなく社会はいとまれていくだろう。誰の心にさざなみを起こすわけでもない――ただ独りの例外を除いては。



灯火の落ちた小さな家。
月の明かりが窓から差して、長く豊かな金糸を滑らかに照らしていた。

もう涙も枯れそうだった。独りの少女が、机にむかってうなだれている。物音がする度に顔を上げれば、優しげなタレ目の下は何度も擦って赤らんでいた。

――何もない家。
教会は異端者の私財を根こそぎ没収していった。腕利きの父親が一代で成した財産は、今ごろ司祭の私腹を肥やしている頃だろう。

彼女は年頃より少し若いといったところか。十代の半ばに差し掛かる彼女はやや小柄で痩せぎすながら、美しい胸と造形の整った顔をしていた。

農民の娘なら、あるいは結婚していてもおかしくない。とはいえ、流れ者の父親たる外科医兼理髪師は社会の一員とはなかなか成れず、頼れる親戚もない。異端者の娘なら、いっそう彼女は孤立して一人ぼっちだった。



暗がりに、物音に怯えるにも疲れはてて眠りこけたところだった。激しく戸が叩かれ、窓越しに松明のあかりがみえる。

興奮した近隣住民が、暴走した正義感を胸に、異端者の娘を焼きにきたのだろうか。怯えきって机の下で震えていると、太い腕が彼女を引きづり出していく。

「――旦那! 間違いなくあの野郎の娘です!」

フードをかぶった大男が、細い口ひげの、冷酷そうな細い目をした旦那に彼女の顔を見せながら言った。旦那は身をのりだし、商品をよく眺めて忌々しげに舌を打つ。

「……自分に何が起こってるか分からないといった顔だな。貴様の父親は分不相応にも己の職業に許された以上の治療行為を望み、その為の高価な機材を買うのに私たちから金を借りたのだ。 担保となる財産もあったことだしと思えば……教会に先を越されるとはな。とはいえ――、」

口ひげを撫でながら、気だるげに顎でしゃくる。大男が、彼女の細い首に麻縄の紐を通して、臭い息をはきかけながら笑う。

「借金は借金。娘たる貴様に返済する義務があるのだ。金がないなら、一括で払ってくれる誰かに売り払うだけの事。……やれやれ、見れる顔で助かった。」

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