《MUMEI》
一流の方
七生とは交際前から度々衝突していた。

その日は下校時間に靴を履きかえてた玄関で突然抱き着いて

「……キスしていい?」

なんて囁いてくるものだからついカッとなって脇腹に一発喰らわせてから逃げてしまった。

互いに交通手段は自転車でも、身体能力が優れている七生はあっという間に詰めてくる。俺が大きな道路一本渡り、小路に出たところで器用に前へ塞がって来た。


「……っぶない!」

前を見ないで走行したせいで急に横から出てきた七生は車と接触した。向こうも確認不足だったようだ。

「七生!」

幸い轢かれることもなく、車も傷がない程度だったようだ。警察に言うまで至らないと車の持ち主は言ってくれた。


「怪我はないかい?」

仕立てのいいスーツを着た30〜40歳くらいの男性だった、車だって良い物だろう。小さな凹みが見えた。俺達みたいな一般人には縁のなさそうな品だ。

弁償なんて言われたらどうしようかと思ったけど、心が広い方で、

「元々運転下手で前からあったやつだよ。」

明らかにあれは七生の自転車のライトが当たった凹みの筈なのに、軽く笑い飛ばしてかなり豪快だった。
ギブアンドテイクで学校に連絡しない代わりに喫茶店を教える。


好感度の高い笑顔で何かの縁だと飲み物を御馳走してくれた。
七生は持ち前の人懐っこさで既に打ち解けている。


「あの、すいません。こっちが悪いのに。」

アイスティーを啜る。苦味が顔に伝わってなのか、向こうに不愉快な面持ちだったに違いない。つい、怪しんでしまう。知らない人だし…………。


「気にしないで。アイスクリーム食べる?」

男の人は窓から差し込む光へ眩しそうに目を細める様も渋い、セレブな匂いがする。


「……恰好良いですね。」

思ったことを言ってみた。


「そーでもないだろ!」

七生が直ぐさま否定する。


「三枚目のヴァージョンアップとよく言われるよ。」

七生と二人で吹いてしまった。楽しい人だ。悪い人ではないのかな?


「運転下手なくせにカッチョイイ車乗り回しておっさん何してる人?」


「コラ七生、失礼だろ!」

馴れ馴れしい上に遠慮がねーな。


「あははは。基本運転してもらってるしね、ほら見ての通り偉い人だからー。」

おっさんさんは舌をペロッと出した。可愛い動作と渋い容姿が恐ろしい程にミスマッチだ。


「胡散臭いー。」

不本意ながら七生のこの感想に納得してしまう。キリリとした表情は威厳さえ漂うのに話すと印象ガラッと変わってしまうのだから。


「酷いな、中年をいじめたらいけないんだぞ。学校にいじめたって言いつけるよ?君達って近郊の学校通ってるの?」

冗談ぽく男の人は言う。彼の特性は全て冗談に聞こえるところだろうか。


「近くのところですよ。」


「そう。二人は何か部活動とかしてる?」


「放送部で、コイツ部長。」

「お前は朗読で準優勝だったろ。」

俺は注目されたくなくて、七生に意識をそらせた。二人は話が弾み始めて安心する。知らない人との会話は苦手だ。
七生が飲みながら零したクリームソーダ(アイスクリーム部分)を備え付けのペーパーで拭いてやる。


「君、彼の奥さんやお母さんみたいな動きするね。」

男の人は口元に手をやって笑い始めた。


「俺の良妻です。」

本気で返す七生を肘で小突く。余計なこと言うな。

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