《MUMEI》

「おはよう」
そう言ったのは同じクラスの桧高(ひだか)君だった。私はその挨拶を無視し教室に入る。なるべく人とは関わらない。それが私のモットーだった。
「おはよう、おはよう、おはよう、おはよう」
私の後ろを付いてきてはそう何度も繰り返す桧高君。クラスの目は自分たちのことに夢中で私たちなんかに振り向いたりはしない。それが、いつものことだからだ。
「おはよう、おはよう、おはよう」
いい加減うるさくなってきたかも。
「おはよう」
半ば強引に言わされた「おはよう」。学級委員の彼にとって【一致団結】からかけ離れた私は彼の「おはようでクラスを変える」という目標を達成すべく毎日付き添われている。もう二学期の半ばを過ぎているというのに。そろそろ挨拶で人は変わらないということを教えてやった方がいいのだろうか。
「桧高、また木乃下(きのした)さんと話してる。」「しょーがないよ、学級委員だし。孤立してる人をほっとけないんでしょw。」
「やさしーww。木乃下さんも可哀想だよねw。うちはああはなりたくないw。だってあの人いつも1人だし笑った顔見たことなくねwwww。」
そんなヒソヒソ話が聞こえたって私はなんとも思わない。黙れ、陽キャぶってるクソびっちどもが。陽キャは大抵群れるからうるさいのだ。1人だとなんも出来ないくせに。
私は足早に自分の席に着く。こういう時に窓側の1番後ろの席だったらどんなによかったことか。私の席は今クラスの真ん中に存在する。担任に難癖をつけてやりたい所だ。
「木乃下さん。ここの問題わかる??」
ガタッと音を立てて振り向いた前の席の男子が見せてきたこれは自習ノートだろうか。そこには数式が並んでいる。真面目だなぁと思いつつも端にある落書きに目がいってしまう。
「わかんない。」
「え?でも木乃下さんだけじゃないの?ここの問題解けてたの。」
「わかんない。」
あ、ちょっと、と呼び止める声を無視して私はトイレへと席を立った。



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