《MUMEI》
真実
「今宵。話があるの、いい?」

食器の後片付けが終わったらしく、加奈子は水気のある手を拭きながら今宵に近づいてきた。

その表情はどこか暗い。

夕食後の腹を休めるようにソファに座っていた今宵は、特に問題は無いと頷く。

「うん。いいよ?」

「そう。それじゃあお母さんの話、聞いてくれる・・・・・・?」

加奈子は今宵の座っているソファと向かい合うように置かれているソファに腰を下ろした。

今宵にしてみれば、何で隣に座らないのかなぁ、という感じがしてならない。

いつもならば自分の近くに座る母が向かいに座るということは、何か大事なことを話そうとしているということ。

小さい頃からの習慣と、今の母の顔に浮かんでいる表情からそう考えることしか出来ない。

「それで、何?話って」

「・・・・・・今宵、落ち着いて聞いて頂戴」

「うん・・・・・・?何?」

今宵はその先を促すが、加奈子は話そうとしない。

しばらく沈黙が続く。

何が言いたいのかわからないよ、と今宵は痺れを切らす。

「言ってくれないと分かんないよ、お母さん!!」

「そうよね・・・・・・。ごめんなさい、今宵・・・・・・」

加奈子は今宵を見据えると、ゆっくり口を開いた。

「今宵、あなたは貧血持ちではなかったわよね?」

「うん?そうだけど・・・・・・」

「だからこの前のことはおかしいと思うでしょ?」

この前のこと、というのは貧血で倒れたことを指しているのだと思い頷いてみせる。

「うん。前は貧血になってもそんなに酷くはなかったし」

「・・・・・・だからね、今宵。あなたの体は・・・おかしくなってしまったのよ・・・・・・」

「え!?どういうことなの!?」

突然そんなことを言われても納得できるわけが無い。

今宵の思考はこんがらがるばかりだ。

「え・・・体がって何・・・・・・?どういうこと・・・・・・?」

「・・・・・・この前の貧血はただの貧血ではないの」

「で、でも、」

あれは貧血の症状でしょ、と言いかけたが加奈子の顔を見て詰まる。

「違うの!!あれはただの貧血の症状じゃない・・・・・・。病気の、前兆だったのよ・・・・・・」

顔を歪めて搾り出すような声の加奈子に、今宵は声を出すことが出来なかった。

何、それ・・・・・・病気?

では何故病気なのに自分はこんなにも元気なのか。

何故退院できたのか。

それよりも何故・・・・・・目の前の母の顔がこんなにも暗いのか。

今宵の頭には『何故』という言葉しか思い浮かばない。

「ねぇ、でも病気って言っても軽いものなんでしょ?風邪みたいにすぐ治るんだよね?」

加奈子の首が僅かだが動く。

今宵が思っていた方向とは逆の『横』に。

「今宵・・・・・・。今宵の病気はね、もう治らないのよ」

「治らないってどういうことなの!?治るんでしょ?大人になってからとかでも・・・・・・」

「大人にもなれないかもしれないのよ・・・・・・!!」

加奈子の目尻には涙が溜まっている。

今宵は呆然とその零れている涙を目で追いながら、母の言葉が頭の中で反響する。

大人に・・・なれない・・・・・・?

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