《MUMEI》

「こんにちは。」

部室に入ると一番乗りでおーちゃんがいた。


「早いね、おーちゃん。」


「その呼び方は止めてください。」


睨まないで、怖いよ。


「それで浸透してるからいいじゃない。」

七生と安西には呼ばせてるのに。そういえば撮影組と朗読組で分かれているからこうしておーちゃんと二人きりで話すのは初めてだ。

「物分かりがいい人には言いますから」


「それじゃあ七生達が悪いみたいじゃない!二人と打ち解けて凄い楽しそうだよー?俺もおーちゃんともっと交流持ちたいなって……厚かましいかな。」


「はい。」

き、厳しい……。嫌われてるのか俺は?七生達と話すときは笑顔さえみせているのに。


「えーと、俺、なにか悪い事したかな?出来るだけ直したいし行ってくれて構わない。……うん、神戸にもっと部に馴染んでもらいたいんだ。」

神戸はまだ七生と安西しかマトモに話していない。


「そーゆーとこが苦手なんです。親切の押し売りですか?馴れ合いとか、下らない、苛々する。あんたの良かれと思ったことが誰かを傷付けているかもしれないなんて考えたこともないんでしょう?
内館先輩だって野球やりたかったんじゃないんですか?人生の一部にしてた人間から自分の好みの物にすり替えて、思い通りになって楽しかったんですよね?」


「な……何?」

言ってる意味が解らないよ。


「……今日サボりますから」

颯爽と神戸は出て行った。彼の後ろ姿をいなくなってからもずっと追っていた。彼は堂々として、王のような威厳さえある。
もしかしたら拒絶ではなく誇りなのかもしれない。俺みたいな一般人に構われるのが億劫だとか。




「ちわーす。先輩?」

安西が来ていたらしい。心配そうに顔を覗いていた。


「……こんにちは。」


「さっき、おーちゃん来てませんでした?用事あったのかな、俺に一言くらい声かけてくれてもいいものなのに。」

口を尖らせて安藤は言う。

「……そうだね。」


「先輩? 大丈夫すか?」

安西と視線が合う、彼の手が伸びて反射的に後退する。触れられると、弱さが露呈してしまう気がするからだ。


「え、どうしてよ?」


「なんとなくです。ああ、でも先輩と話したかっただけかも。」

今も話しているのに。女でも口説くのかってくらい優しいイントネーション。


「……安西って友達いっぱいいそうだね。」


「そう見えますか?俺、ウチ先輩みたいな自然に人が集まってくるカリスマ性は無いんですよ。
本当はただの凡人で、虚勢張ってるんです。」

安西の瞳が陰ったように見えた。


「でも、安西が話すときは周りがぱっと明るくなるし、なによりそういう気遣いの出来る人って立派だよ。安西って気配りが細やかだもの。頭が良くて優しい人じゃないと出来ないよ。それって十分普通の人じゃ出来ないことだよね?」

安西は少しの沈黙の後、ぎこちなく微笑んだ。


「先輩の方が話したそうだったのに俺が話しちゃったよ。
聞き上手ですよね、おーちゃんみたいだ。」

か、神戸と俺が聞き上手?……そうなのか?


「神戸、俺のことをなにか言ってなかった?」


「いえ別に……」


「悪い、俺ちょっとトイレ」

馬鹿じゃん、こんな探り入れるみたいなこと。後輩のこと信用できないなんて最低な先輩だ。廊下出て頭冷やそう。


「こんちゃーす!お、じろーどこ行くのさ。」


「七生……」

名前読んだだけで落ち着く。ぶつかりそうになって隙間を縫って抜けた。胸部辺りに一度片手を添えて離す。瞬間的に鼓動が伝わり、逃がさないように拳を握った。安心する、汚いものが洗われてくみたいだ。

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