《MUMEI》
テラを返してください
 相変わらず、羽田のクラスは騒がしい。
その声は階段まで聞こえてくるほどだ。
もっとも、羽田のクラスだけが騒がしいわけではないのだが。

 教室へ入り、いつも通り生徒を着席させる。
視線は自然と凜の席に向いていた。

大丈夫。

今日は約束通り、彼女は来ている。
その後ろにはテラを見てしまったあの男子生徒も来ていた。

一見して元通りである。

羽田は思わず笑みをこぼしながら、ホームルームを終えた。


 教室を出て廊下を歩いていると、後ろから呼び止められた。
振り向くと、凜がなぜか俯きがちに立っていた。

「津山さん?どうしたの」

凜の方から声をかけてくるとは珍しい。
凜は少し沈黙して、ゆっくりと顔を上げた。

「先生、今日向こうの世界を見ましたか?」

そう言う彼女の表情はひどく真剣だ。

「いいえ。見てないけど……。何かあったの?」

「いえ、見てないならいいんです。できれば、見ない方がいい。テラ、返してもらってもいいですか?」

 凜の様子から向こうの世界で何かが起こったことは明らかだ。
それなのに、ほいほいとテラを返せるわけもない。

「テラなら職員室のわたしの机にいるはずだけど、返せないわ。何があったの?」

それは好奇心というよりも、心配から出た言葉だった。

 なぜかはわからないが、凜が危険に巻き込まれているような雰囲気だったからだ。
凜と羽田はしばらく見つめ合った。

 他の生徒が真剣な二人の様子に気付いたのか、好奇な目で羽田たちを見ていた。

「ちょっと、場所を変えましょうか」

羽田の提案に凜は無言で頷いた。

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