《MUMEI》
一の葛藤
 会社帰りのバス停付近、僕は立ち止まっていた。足下にある「いいもの」から目が離せなくなっていたのだ。
 薄いベージュの生地にキラキラと金色に光る装飾が施されている。目測では、大体縦が7cm、横が30cm弱。いま流行の横長タイプの財布だった。デザインからすると、おそらくオシャレな女の子のものだろう。隙間からカラフルな会員カードが覗いている。

 そして、何より「厚み」がある。若くても、お金を持っている子は持っている。それに較べ、僕の素朴な財布は、自分の業績不振と呼応するかのように疲れた表情をしている。毎日の食費だってバカにならない。

 僕はバスが来るまで見入っていた。

 ―――不意に浮かぶ3つの選択肢―――

 1,通過。

 2,拾って交番。



 3,拾って、ポケット


 会社がある大動脈を、少し外れたこの通りは実は驚くほど静かで、夕刻の時間帯は人の姿も珍しい。

 そう、人が、いないのだ。

 僕は、すっきりとしない深呼吸をしたあと、一気に財布に手を伸ばした。

 それから数分後、いつもの路線バスが近付いてきた。僕は何事もなかったかのようにそれに飛び乗り、定期をかざしてから席を探した。

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