《MUMEI》

「先輩、話聞いてくれてありがとうございました。」

「こっちこそ気の利いたこと言えなくてごめん。いつでも話なら聞くから。」

安西の後ろ姿を見送る。あんな風に暗夜行路を朗読出来るのは彼の心の葛藤があったからなのかもしれない。

「……先輩、さっき有志って呼んでくれましたね。」

安西が振り向いて言う。
曲がり角に差し掛かり見えなくなった。




「…………浮気者。」

七生だ。調度帰って来たらしかった。

「はぁぁ?なんで安西と帰ったら浮気なんだよ。」

「優しくした。」

「なんだよ、俺の自由じゃないか。七生だって学校では色んな人達と話して…………いいや、やめた。」

下らない言い争いはやめよう。家の中へ入ろうと自転車を押す。

「二郎!……手を……握って……」

呼び止められて何かと思えば甘えたかっただけか。不安なのかもしれない。七生は今まで秘密の交際をしたことがないようだし。
俺もそうだ。

「これでいい?」

大きな右手を両手いっぱいに握った。

「二郎、コンクールで俺、優勝するよ。
そしたら……うん。なんでもない。」

なんて、顔しているんだ。いっぱい言いたいことがあるだろうに。

「……そしたら、俺の話を聞いてくれる?」

駄目だ、トラウマが俺達を引き離す。自分で打ち勝つしかないなんて思い込んでいたけど限界だ。

「聞くよ、二郎が辛いなら俺に半分渡せばいい。」

「ななお……大人になったね。」

「惚れ直した?」

「ばか。じゃあ、明日ね。」

七生の右手を離して自転車を庭に置く。

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