貴方の中の小悪魔
を知る神秘の占い《MUMEI》――後退命令――
自らの副官を送り出したアルケインは前線を退き、中隊の指揮・統制に専念するため、前哨基地に身を潜めた。
張り巡らされたテントの一つにあるベッドが、彼の居場所だった。だが入った途端、駆け込んできた血まみれの伝令に、『戦術考案タイム』を中断させられた。
「我が傭兵隊のロックウェル中隊長、戦死の模様……」
突然の訃報は、アルケインに多大な衝撃を与えた。中隊長一人が戦死するだけでも、全戦線の指揮バランスに亀裂が入るものだからだ。
「生き残った中隊長補佐は誰だ?」
「レオ殿です」
彼はそれを聞くと、羽ペンを手に取って一枚の紙にサインした。命令書である。
「これを中隊長補佐に渡して、中隊の指揮権を委ねろ。急げよ」
伝令に有無も言わせず、命令書を押しつけた。勢いよく駆け出した伝令を尻目に、彼は机に置かれた紙と睨み合いを開始している。
「これは……引き際が肝心だな」
その小さな呟きは、この戦闘全てにおいて言えることだった。
生存が確認された傭兵は一〇〇〇〇人弱、敵は少なくとも我々の三倍で尚も増員しているという。
アルケインはベッドから起き上がり、テントを出た。そして命令を待つ一人の傭兵に声をかけた。
「おい、本陣に連絡を取れ。引き際が肝心……とな」
考えた言葉をそのまま出したアルケインを見て、傭兵は驚愕した。
「しかし、それは……」
アルケインの発したその言葉は、“全軍退却”という手段を暗示したものだった。
彼は傭兵に打ち明ける――三倍の敵に包囲されては、結果的に全滅する。ならば、できるだけ犠牲の少ないうちに戦闘を中断し、退却すべきだ……。
「了解しました」
声は落ち着いていたが、表情には更なる驚きが塗りたくってあった傭兵は外に出た。
「……おい!」
傭兵は一人の伝令を呼び止め、使いを命じた。「絶対に捕まるな、馬を使っても構わん」
アルケインの言葉をそのまま受け取り、伝令は走り去った。
残されたアルケインは、両手で長い銀髪を撫で付け、心の中で呟く――ニ四歳で傭兵隊長ってのも、楽なものではないな……
数十分後、遅れたわりには賢明とはいえない命令が下された。
《包囲網を突破し、隊列を立て直した後に反撃に転じる》
本陣のアタマデッカチは用兵を知らぬ。未熟な猟犬の群が、狩りに熟練した狼を相手にするつもりか、しかも三倍の数の狼を。
用兵に通じた傭兵隊長達は、異口同音とまでは言わないが、本陣に似たり寄ったりの批判を加えた。
「戦局が見えていないようだな。一度狼の群を見させてみるがいいさ。どんな組織でも、上が愚かなら、下が賢くても実力相応の活躍は期待できない」
アルケインはそう考える。
自分の傭兵隊だけでも下がらせよう、と彼は決断した。
「全隊に後退命令を出せ」
ゆっくりと陣形を縮めつつ、連動して部隊が凹陣形を組んだ。
「援護体勢に入れ。そのうち、温室育ちの騎士団が逃げ帰ってくるだろうからな」
不謹慎な発言であることは自他共に認める事実だが、その発言は的を射抜いていたのである。
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