《MUMEI》
風導きし
村に、春が来た。
そろそろ、野草や薬草が芽吹く季節だ。
教会の中庭には菫やチューリップ、雛菊が咲いている。

少女は咲き乱れる花達に水を与えていた。まだ幼さは残るものの、目鼻立ちの整った美しい少女だ。陽の光に輝く艶やかなブルネット。青空を移したような碧い瞳。黒いドレスを身にまとい、首には銀の剣を摸した首飾りを下げている。

「今日も元気だね。よかった…。…!」

少女は中庭何かに気付いたように振り返った。

「司祭さま。」

「サリエ様。『要』が崩れた。シリエ砦が陥落したらしい。」

苦悶に満ちた表情で、司祭・トーマは呻いた。

「じゃあ…兄さんは。」

「生死は解らん。じゃが…。幻獣まで使ったらしいからのう…あたりは火の海だったらしい…」

兄が…死んだ…!?

「司祭さま…オルガ軍は何故シリスにまで攻めてきたの…?!あそこには軍も兵鬼もないわ!」

サリエ・シリスロート。
シリス王国第二王女。
彼女はたった今、シリス唯一の王族の生き残りになってしまった…。

聖マリカ教会に身柄を預けられて約半年。
兄は戦争に行き、戦死した。国は今、オルガ帝国のものだ。
サリエには実質、王位はない。女では王になれないため、今は摂政が取り仕切っている。
兄にも王位はなかった。
正室の子供ではなかったからだ。

「オルガ帝国はこの国に何を求めたのだ。」

「まさか…旧世界の兵鬼、ベルギウスでは…っ!」

神官達が顔色を無くし喚く中、少女サリエは努めて冷静であった。
『ベルギウス』。それは千年前崇められていた旧神が堕落して邪妖化し兵鬼になったモノ。その力、破壊力は凄まじく、世界を滅ぼしかねない。だから、人々はこの兵鬼を地下深く沈め、封印した。

「落ち着いて、神官さま達。ベルギウスは渡さないから。…いい?兄バルドが死んだから、あと『鍵』を持つのは私だけ。…もし私が捕まったら、おしまい。でも、奴らはまだ私がシリスの王の子供だと、知らないわ。…だから、私をミラ寺院に送って。私はそこで、尼になって暮らすわ。…ベルギウスは、私が墓まで持っていくの。」

「サリエ様…」

神官達は、哀れな少女を思い、涙を流した。

「なんてことを…」



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