《MUMEI》
困惑
 
 一樹の帰宅が遅くなりだした。

一樹がこの春から昇格して、会社の主任になってからの事だ。

 度々、香水の残り香をYシャツにつけて帰宅しだした。

一樹は、」きまじめな人間だ。そんな事が出来る人じゃない。きっと何かの間違いに違いない。


 車の中で付けられたのかも知れないし、接待の時にキャストの女性に付けられたものなのかも知れない。


 一樹に限って、浮気なんて・・・・


 一樹がある日、笑わなくなった。私の目を見なくなった。話しかけても返事をしなくなった。食事も外で済ませて来て、帰ってきたらテレビも見ずに、布団に入って眠るようになった。

 休みの日も黙ってどこかへ出掛けてしまうようになった。

 努めて、笑顔で話しかけても最低必要限度の返事しかしなくなった。

 私は、それだけでパニックに陥った。何しろ身に覚えがなかったからだ。

 そこまで、拒絶されるような大喧嘩をした覚えはなかった。何をきっかけに心を閉ざしたのか私には、見当がつかなかった。もちろん、本人に聞いてみたが
「別に」 という冷たい返事が返ってくるだけだった。
 
 それでも半年ぐらい私は、奥歯を噛みしめて我慢した。
もともと、気分の移り変わりの激しい神経質な人だから、原因を追及せず、時間がすぎれば、また元通り機嫌が良くなるだろう。

 そう、自分に言い聞かせた。
 けれども、同じ屋根の下に住んでる以上、毎日一樹の不機嫌な顔を見なければならなかった。

 苦痛だった。



 一樹が帰って来なくなった。

どうして?どうして?どうして?どうして?

 解らない。私には、何が原因か解らない。


 奇跡だったのに。幸せだったのに。気が狂いそうだった。いや、狂いそうではなく、私はその時既に狂いはじめていたに違いない。

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