《MUMEI》
作戦決行
―午前二時五十五分

晴香が見ていたモニターに、八神が乗った軽自動車が港区の入口に着いた。
―ピリリリリ
晴香の携帯が鳴る。表示は八神。
晴香はひと呼吸置いてから通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「僕だ。モニターに映っているか?」
「うん。ちゃんと映ってるよ」
晴香はもう一度モニターを確認してから言った。
「よし‥。これから、倉庫に向かう。電話は繋いだままにするから、くれぐれも声を出さないように」
「わかった」

モニターには、箱を手にした八神が映っていた。
晴香の手には汗がにじんでいた。
「話し掛けるぞ」
八神は一方的に言い、入口へ体を向けた。
八神は第二倉庫の見張りに話をかけた。
晴香の心臓が脈打つ。
「すみません。少し早く着いてしまったのですが‥」
見張りは了解も得ずに箱を開け、お互いの顔を見て頷き、扉を開けた。
「ありがとうございます」
八神は顔を隠す様に会釈し、倉庫へ足を踏み入れた。
中は真っ暗だったが、見張りが壁を手探りで探り、電気のスイッチをいれてくれた。
八神は軽く頭を下げる。
八神は置く場所を探す振りをしながら、カメラに顔を向け、さりげなくウインクした。
晴香は音を起てないように笑った。

八神は、見張りが外を見た隙を見て、カメラのシャッターを幾度かきった。
遥か遠くで船の音がした。八神は、海へ顔を向けた。
黒い水の上を、大きな黒い物体が浮遊していた。
(ヤバイ!!)
八神は急いで見張りに礼をして、倉庫から立ち去ろうとした。
「待て」
八神は見張りに肩を掴まれて停止した。
「なんでしょうか?」
八神は変な汗を流しながらも、笑顔で振る舞った。
「お前‥何処のスパイだ。」
(バレてた〜…)
八神は心の中で呟きながら、ポケットに手を入れた。
晴香は体を震わせながら、その様子を見ていた。
「私はスパイではございません」
「嘘を……」
八神は見張りが口を開いたのと同時に、ポケットから殺虫剤を取り出し、見張りの顔に交互に吹っかけた。
「ゲホッごほっ!」
見張りが顔を手で覆った。
八神は待ってましたと言わんばかりに、走ってその場を去って行った。
入口では、まだ見張りがうめきながら八神を見ていた。

晴香はホッと胸を撫で下ろす。
八神はカメラの死角に逃げて行った。

――黒い影が道を塞いだ。

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