《MUMEI》
看護婦・みちる
 梅雨の時期になると、店も客足が途絶えがちだ。

 でも、私は、雨が好きだ。小さい頃雨が降ると窓から銀の滴を見ているだけじゃ物足りずに外に飛び出した。そして、雨のシャワーに体を濡らした。それが気持ち良くて、仕方なかった。

 体が細くて、病気がちだったので、母にみつかるとひどく叱られた。そうして決まって翌朝、高熱を出して学校を何日も休むはめになるのだ。
 
 今日は、左指の診察日だ。抜糸が終わってから月に一度、怪我の状態を看て貰うのだ。今日で怪我をして、三ヶ月目だ。傷痕は、赤みと腫れがひいてきている。縫った後は、残っているものの縫合した痕はほとんど目立たない。
さっきから順番を待ちながらそわそわ逸る気持ちが押さえきれない。 
 

 背の高い目鼻立ちのはっきりした看護婦が名前を呼んだ。見慣れない顔だ。年は、二十代後半位に見える。系列の医院から移動して来たのだろうか。印象に残る彫りの深い美人顔だ。
 
 カーテンの向こう側に入るとよそいきな顔した征二さんが白衣を着て、「どうですか?」と尋ねる。もうとっくに必要ないのにサポートネットをして行く。

少しでも診察を伸ばすためだ。
 征二さんが指からネットを外そうとするとさっきの看護婦が横から手を出して、征二さんが触れる筈だった指先を掴んだ。

「松井先生、ちょっとすいません。」

 征二さんが他の看護婦に呼ばれ席を外した。背の高いモデル顔の看護婦は、薬を塗り肌色の紙テープを巻き付けた。

「あまりいい気にならないほうがいいわ。」

看護婦は、私を睨みつけながら言った。

「えっ?」
突然の事に私は事態がよく把握できない。

「先生は、莫迦だから一度寝ると情が沸くのよ。言っておくけど女は、あんただけじゃないから。」

「あなたも先生の女だって言いたいの?」

「そうよ。もう二年になるわ。」


看護婦は、不敵な笑いを浮かべ私をからかうような顔で見た。

「先生は、可哀想な人間が好きなのよ。莫迦だから。あなたっていかにもって感じよね。小柄で、細くて、自分の意志なんか持ってないくせして我儘そうで。先生にしてみたら扱いやすいでしょうね。でも、あなた飽きたらすぐに捨てられるわ。紙一重よ。あんたみたいなのって。」

「僻んでるの?」

挑戦的な看護婦の態度に怯まず、毅然として睨み返した。征二さんの愛人の一人なのだろうがここは病院で、私は患者な筈だ。

屈辱と真実に打ち震えながら下唇を噛みしめる。

「小娘のクセになかなか言うじゃない。」

看護婦は、鼻で嘲け笑った。

「イキがるのも今のうちよ、まあ、せいぜい頑張ることね。」

看護婦がくるりと背中を向けたのを確認して、机にあった本を投げつけた。バシッ、といい音がしてそれは、命中した。

「痛い。何すんの。」

「お前こそ、気を付けろ。クソババァ。」

「きちがい女。」

看護婦は、そう捨て台詞を吐いて退散した。しばらくして、征二さんが戻って来た。

「どうした?」
私の頬は、涙で濡れていた。声にならない。無表情のまま、ぽたぽたと滴が落ちる。

「みちるに何か言われたんだな?」

「うん。」

「気にするな。後で、電話するから。」

「待ってるから。」

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