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《MUMEI》 征二の妻V「はい、では、機会がありましたら。」 なんだか面倒臭くなって、適当に返事した。この人は、何言っても自分の都合の悪い事は、聞き入れないだろう。 「征二さんとは、どういう馴れ初めなんですか?」 この際だから聞ける事は、なんでも聞いてやろう。私は、スイッチを切り替えた。 「お見合いなのよ。親の決めた相手だし、期待してなかったんだけど会ったら気に入っちゃって。征二ったら緊張してお茶なんかこぼしたりして。」 高校生が彼氏のおのろけを友達に聞かせてるような恥ずかしそうな素振りで答えた。いい年なのにかわいこぶって気味が悪かった。この人は、相当なお嬢様育ちなのだろう。それも桁外れの。 「征二はね、この店では必ず浅蜊のパスタを注文するのよ。私は、手長海老を頂くの。二人で、指を使って頂くからこの瞬間は、無口になるのよ。リカちゃんは、何を頂くの?」 彼女は、相変わらず友人と食事をしているみたいになごやかだ。料理は、次々に出されて、彼女は、それを残さずきれいに食べていた。 「メインは、鴨なんだけどお好きかしら?」 彼女の品の良さと屈託のない甘ったるい雰囲気は、最後まで崩れる事はなかった。 食事が終了しホテルの前に停まっているタクシーを止めると、彼女は、名残惜しそうに私の両手を堅く握りしめた。 「今日は、会えて嬉しかったわ。本当にありがとう。これ、お車代とっておいて。」 ぶしつけに万札を一枚左手の中に忍び込ませた。そして、素早く車に滑りこんだ。お札を返すタイミングを失った私は、慌てて、タクシーの窓を右手でノックした。するすると窓が開いた。彼女は、更に緑色の紙袋をこちらに差し出した。 「これ、お土産よ。お家に帰ってから開けてね。」 何が何だか訳が解らず手渡された紙袋を受け取ると車は発進して、またたくまに夜の鮮やかなテールランプの波にのまれて消えていった。 手慣れているというか、垢抜けているというか彼女は、最後迄、スマートだった。私には、考えられない。夫の愛人にこんなに寛大に振る舞える事が…。狐に摘まれたように私は、その場にしばらく立ちつくしていた。 家に帰り、紙袋の中身を確認した。中に四角い箱が入っていて、更にその箱を開けるとぷんと甘い香りがした。中身は、ケーキだった。ケーキを取り出すとそこにカードが添えられていた。 『私の手作りです。良かったら召し上がってね。』 少し躊躇ったがケーキにナイフを入れひとくち食べてみた。 それがびっくりするほどおいしくて、落ち込んだ。バニラエッセンスの香りが鼻孔をかすめた。幸せな味だっだ。涙が溢れて止まらない。残りのケーキをゴミ箱に叩きつけた。一人ぽっちの部屋にバラエッセンスの香りが漂っている。泣きながら私は、トイレに駆け込み嘔吐していた。 前へ |次へ |
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