《MUMEI》
最低野郎の部屋
「失礼します」
八神が入ると、校長の篠田は待っていたかのようにドアの近くに立っていた。
「やあ、斉藤君」
「ご無沙汰しております」
八神は、軽く頭を下げた。
「まあまあ。さっ、病人だろう、座りたまえ」
八神は篠田に勧められた椅子に腰掛けた。
篠田は八神と反対側の椅子に座った。

「さて…」
篠田はしわしわの手を擦り合わせながら言った。
八神はテーブルの上に紙を置き、滑らせて篠田の前に出した。
「なんだね?」
「転校することになりました」
篠田は顔を俯け、うっすら笑った。
「やはり、貴方は権力主義者ですか」
「…流石だ…君は素晴らしいよ」
ヒヒヒと篠田が笑った。
「ただ、問題児を自分の学校に置きたくないだけですよね?」
再び篠田が笑った。不気味な笑いだ。

二人の間にしばらくの沈黙が流れた。

「君は素晴らしい生徒だ」
「今更何をおっしゃるんです?」
篠田はイヒヒヒと笑った。
「だから、君に頼みたいことがある」
「最期ですから、お聞き致します」
篠田は口角を上げてニヤついた。

「後藤晴香の記憶を消しておくこと」

八神は篠田の言っていることの意味が解らず、しばらく停止していたが、やがて目を見開いた。
「また、自分の為に人を傷つけるのですか?」
篠田は顎を摩りながら笑った。
「貴方は最低だ!そんなに自分が大事か?」
八神は思わず立ち上がったが、痛みから再び座った。

「君が絡んでいたものを渡す、それで頼むよ。あれなら、法律を侵さないからな」
「『脱法ドラッグ』ですか?あれでは、記憶は消えませんよ」
篠田は再びイヒヒヒと笑った。
「最低野郎め…。僕はその指示だけには従いませんから」
八神はそう言うと、足の痛みに堪えながらドアの向こう側へ姿を消した。

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