《MUMEI》

床に転がったまま少し目を閉じた。纏わり付く自分と別の体臭が煩い。
携帯が震動する。まだ登録も着信拒否もしていないが記憶していた数だ。
さっきも出させたばかりなのに、面倒だ。
無視してもあとで返ってくるだけだから応じておく。

『なあ、今から言う場所に来い。
ほら、君もなんか言って』

他に誰かいるのか。


『自分の意思で考えるんだ。お前はお前のものだ、お前しか支配できない。』

何故、国雄がいるのだろう。意思、考え、自分は自分のもの、どうしてそんなこと言うんだ。
俺は国雄の奴隷なのに。

『……って言ってるけど。場所は4丁目の―――』

千寿の言う指定場所まで走った。国雄は見当たらない。

「……用事は何?」

息が切れて苦しい。学校から中距離くらいの長さはある。

「俺の勝ち〜」

千寿が嬉しそうに手を叩く。待ち合わせのコンビニの影から国雄が出て来た。重苦しい空気を背負っている。

「……言ったよな自分で考えろって」

国雄は冷ややかに見下ろす。無理に走ったのも手伝って脈が早打ちした。

「考えたんだよ、光は。」

間に千寿が入って来る。

「その結果がこれか。」

俺の襟をめくる。さっき千寿に付けられたばかりのキスマークを指された。

「俺は、国雄がいるから……」

国雄の声が聞こえて、すぐ行かなきゃって……

「やっぱり、最悪だよ。お前を見ると苛々してくる。
もう顔も見れない、鍵返せよ。」

国雄の手だけが俺を見た、嫌われて、蔑まれ、離れる。当たり前のことだ。

彼の大きな掌の中で鍵はちっぽけな硝子のカケラにしか見えなかった。国雄を追いかけたいのに足がすくんで立ち尽くすばかりだ。

鍵が一つ減っただけなのに何故こんなにもポケットの中が淋しいのだろう。

「光、一人ぼっちの光。
可哀相に、俺が光を支配してあげるからもう何も心配しなくていいからね。
俺だけを考えていればいいんだから。」

千寿は俺が1番弱い部分を知っている。
俺の全てが奴を拒んだとしても隙を埋められれば、簡単に従ってしまう。その証拠に俺は千寿の絡む腕を振り払えない。

今だって千寿が握る手に応じている。



ばかな俺。

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