《MUMEI》

母子家庭もあって兄貴とは男兄弟のわりに仲が良かった。
兄貴は才能に溢れていて、人当たりも良く弟として誇らしかった。
作家を副業に家計を支え、俺の学費も援助してくれたり頭が上がらない。
オフクロも兄貴に任せておけば安心だと口癖のように言っていた。
そんな兄貴が誇らしくて憎らしかった。

どんなに俺が努力しても兄貴に追いつけないし、比べられて虚しくなるだけだ。

尊敬の念が足枷になる。

オフクロは兄貴さえ見れば兄貴が俺の面倒を見るからオフクロに我が儘を言った記憶は一度だってない。
でも、不良になるまでのしたたかさは持ち合わせず、一般常識のルートを歩みながら燻っていた。




「光……」

「……かえろう、かえろう。外がいい……」

光が泣いていた、居間の扉は廊下に続いていて階段を出てすぐにある。

下は真っ暗だった、でも上は明かりが灯っていた。




どうして、あの時光の言うことを聞かなかったのか。

どこか気が付いていたのだ。俺は俺でないことに。

光の涙は俺を引き止めるどころか好奇心を更に掻き立てた。

居間の扉が開くと、廊下は涼しくて階段の奥から明かりと楽しそうな彼女の笑い声が漏れている。
泥棒のように階段を這う。光は扉の影で無音で泣いていた。

彼女の声と揺れ動く家具の音が共鳴していた。


ギィィ ……ギィ ギシ……ギィギィ


「あは、あはははぁ……はははああ……

あ、イイっ、



 千歳ぇぇ もっと……」




そこにいるのか、兄貴?
叫んでしまいそうになったが、声の出し方を忘れてしまったようだ。

「帰ろうか。」

自分でも怖いくらい冷静に階段を下りていた。
光の手を引いて家に戻る。その間会話は無い。

身の内に潜むものが歩むたびに膨らんでいった。


いつものソファに二人で腰掛ける。

「知ってたの?」

子供に何を言っているんだろうか。

「なに?」

困惑した表情だ。

「光は寂しくなかった?」

「さびしい?帰ってこれたもん。
僕たち二人だからさびしくないよ。」

光と目が合った瞬間、音が聞こえた。あれはベッドの軋む音と、彼女の声。

もうひとつは光の泣き声だ。

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