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《MUMEI》 引取その日は雨で、傘を持つのを忘れていた。 俺はすっかり過去のヘビースモーカーに戻り、日夜仕事に明け暮れている。 資産が五分の一しか残っていないのは辛い。少しでも働き続けた七年分に追い付きたかった。 やはり、多少金も持ち合わせていなければいけない世界だ。 風も冷たくそろそろストーブを引きずり下ろさなければいけない。 ｢レイさん、すいませんもう少しだけ……｣ いつも送ってくれる後輩はまだ電話が終わらないようだから裏で外の空気を吸う。ついでに煙草も。 高遠は最近、役者中心に働いている。なな君に録画の頼まれついでに毎週彼の出演しているドラマを見てしまっていた。 確か初めてここで高遠と会った。隣の店の陰に隠れていたっけ……あれから何ヶ月過ぎただろう。 高遠光の声がまだ鮮明に残っている。 ｢…………くにお……｣ 名前を呼ばれた。幻覚だろうか？あの日待っていた姿そのままに片手に缶を持って雨に打たれている。 隣の店の陰から半分姿を覗かせていた。 馬鹿な奴。自分からやって来たりして。俺を前にすると逃げられないくせに。 引き寄せられように早足で高遠の立ち位置まで走る。間合いを詰めて話す。 ｢……待っていたの俺を｣ ｢あ……あの、千歳が居なくなったんだけど……。｣ 体を固くして両手で缶を握りしめていた。視線は俺からそらして俯いている。 ｢ふーん。｣ ｢……顔も見たくないのに来ちゃってごめん。千歳に電話で聞いて……、俺、借金してるんでしょう？必ず返すから…… 最後の我が儘聞いて欲しいんだ。｣ ジャケットの内側から封筒を出す。 受け取り、中身を確かめると札束だった。 ｢……金は要らない｣ 返そうとしたら突き返される。 ｢違う。違うんだ、 それは支払い分。……一回五十万でしょ。 嫌いな奴でもちゃんと貰えるもの貰ってこなすのがプロだよね？ キスしてよ。 ちゃんと……、夢の中でレイとしてたみたいに。 代わりでいいから。抱いてなんて言わないからお願い……。｣ 缶を握っている指が小刻みに震えていた。 俺は更に高遠に詰め寄り陰になるくらいまで近寄る。 ｢顎上げとけ。｣ きつく目を閉じて高遠は静かに顔を上げる。 髪は以前の黒いままで前髪が少し長くて欝陶しそうに見えた。綺麗な目鼻から色艶が良い唇まで一つ一つが過去の彼よりも柔和に見せている。 安堵した瞬間、内からマグマでも溢れんばかりに全身に熱が滾り、勢いよく唇をぶつけた。 舌が勝手に惷く。高遠が舌先で必死に応えようとしてくれていた。壁に体を打ち付けて、全て俺に委ねている。 ぐちゃぐちゃに体中が混ざってしまうようだ。 瞬間瞬間に絡み付く音が触感が思考を止めて一つの動作に神経を鋭敏とさせた。 ｢………………ッン ｣ 高遠が呻く。体中を内側から食らい付こうとする勢いに圧倒されてだろう。気圧されないようにもごもごと口を動かすので歯がときたま当たった。 ｢……はっ……ハァ ハァ ンンッ！｣ 上気した頬、虚ろに見上げる深みのある黒目、唇に唾液が浮いて艶っぽい。それが見たいがために解放するフリをしてまた重ね合わす。そんなことを五回程繰り返した。 ｢…………たばこ｣ 余熱の残る息を荒らげて震え、高遠が呟く。 ｢あ、悪い。禁煙勧めたのに。また吸い始めた。｣ 逃がさないように両腕で囲う。高遠が袖を掴んだ。 ｢吸うの止めて。｣ ｢俺のことは関係ないよ。｣ 袖から手を離した。ビク付いている。 ｢…………俺には関係ないけど、死なないで欲しい。 死なれたら、俺、泣くと思う。｣ ｢嘘ぉ。演技じゃない？｣ ｢……今更何を隠すっていうんだ。国雄にはもう嘘つきたくないし。 いくら払ったの、どうやって返せばいいかな。｣ ｢まだ一万円分残ってた｣ もう一度口付けした。 口に含んだものを舌で受け渡す。 ｢ン…………！｣ 口を離すとすぐに掌に吐き出した。物体が銀色に煌めいている。 ｢やるよ、お前のものだ。｣ ｢これ、鍵……｣ ｢あと百円分残っている｣ これがキスを再会する合図だった。 前へ |次へ |
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