《MUMEI》
八神の過去
「父さん…」
八神は支えの松葉杖から手を離し、舞落ちる花びらを掴み、握った。
体がふらついて八神は地面に崩れた。
「父さん…」
八神は俯いた。
ポタポタと地面に水滴が落ちた。
―ピリリリリ
八神の涙がピタリと留まった。
八神はポケットから携帯を取り出した。表示は晴香。
八神は鳴りやむまでディスプレイを見つめた。
―ピッ
八神は着信音が切れると、電源を落とした。
そして、ただ一人桜を見上げていた。


「八神のバカ!!」
晴香は乱暴に携帯を閉じた。
近くにいた梅ヶ丘は目を真ん丸にしている。
「なによ?」
晴香が目で威嚇すると、梅ヶ丘はすぐに怯んだ。
「な…なんでも…ねぇよ…」
「だったら、三十秒間目をつぶってなさい。」
晴香は再び威嚇の視線を向けた。
梅ヶ丘は急いで目を手で覆った。
晴香はそっと地下室の入口に近づき、音を立てないように穴に体を滑らせ、きちんと蓋を閉めた。

しばらくして目を開けた梅ヶ丘は、晴香が消えたことを知った。
「後藤…?」
呼んでも当たり前に返事は無かった。

晴香は、クローゼットやら引き出しやらを残らず開け、探した。
テレビの下の棚に、犯罪学の本と共に古びた日記帳が置かれていた。
晴香は手を伸ばしてそれを取り、埃を掃った。
表紙には『YAGAMI SAITOU』と書かれていた。

「八神!ごめんね!」
晴香は手を合わせてから、日記帳を開いた。
始めのページは平仮名だらけで次第に漢字が増えだしてきた。
パラパラページをめくっていくとあるページにしおしおになった桜の花びらが挟まっていた。
「なんだろ…?」
晴香はそのページにゆっくり目を通した。

『生まれてはじめてさくらを見た。きれいだった。
本当はさくらは春にさくんだって。早く春にならないかな〜。
お父さんもここのさくらが大好きなんだって。また見に行こうね!お父さん』

そして、もう一ページめくると、赤鉛筆で殴り書きした文字が並んでいた。

『やくぶつなんて嫌い!
お父さんが死んじゃったんだ!!
やくぶつのせいだ!!
やくぶつのバカ!!
お父さんを返せ!!!』

晴香の頬を涙が伝った。

―八神のお父さんは‥薬物で‥死んだの?

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