《MUMEI》
勿忘草
八神は再び一週間の昏睡状態に陥った。

その間に晴香は、八神に無断で、今までの監視カメラの映像を警察に提供した。
それらの映像は、十分な証拠となり、佐々木社長を始めとした人達は、隠れていた山奥の小屋で発見され、逮捕された。
盗撮と同じ意味で罪を侵された晴香だったが、犯人逮捕に至ったので、注意だけで済んだ。


晴香は今日、再び八神に会いに行く。
今までの事を全て話すために…。

真っ白なドアの前に立つと、晴香は急に鼓動が速くなったのを感じた。
晴香は胸を抑えながら、軽くドアをノックする。
―コンコンッ
軽やかな音の後に、八神の小さな返事が聞こえた。
「入るよ」
晴香が声をかけながらドアを開けると、八神が深い溜め息をついた。

「僕とは関わるなと言ったはずだ」
八神は面倒臭そうに頭をガシガシ掻いている。
「だって…八神…勝手に転校するとか言うし…」
「そんなの僕の勝手だ」
八神が晴香の言葉を遮った。
晴香は目に涙を溜めて、黙り込んだ。
「君は今まで通りの君の生活をしていればいい…」
「無理だもん…」
晴香は口を尖らせた。

しばらくの沈黙が部屋を包んだ。
「君に…お願いがある…」
八神が突然口にした。
晴香は顔を上げて八神を見た。
八神は黙って隠していた右手から、勿忘草を取り出した。
「貰っていいの?」
晴香が首を傾げると、八神は大きく強く頷いた。 勿忘草は風に揺れた。


その後、たわいのない会話をして、晴香は売店へお使いへ向かった。
帰って来た病室には、真っ白な壁が見えただけで、八神の姿は無くなっていた。


―それから晴香は、八神と会うことが出来なかった。



晴香の部屋には青い花瓶。
水に浸るのは、八神に貰った勿忘草。
勿忘草の花言葉は…、


『私を忘れないで…』

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