《MUMEI》
水の中
柔らかな風が吹いた。
「ドンッ」
審判の声と共に大きなピストルの音が学校に響いた。
スタート台に立っていた選手は一斉に水に飛び込んだ。
―バシャ-ン
大きな水しぶきの中に、俺は居た。
ゴーグルごしの水は青く澄んでいた。
俺は手をぐるぐる回し、クロールをした。
視界が泡で遮られていく。
息継ぎをするたびに青い空が見えた。

目の前に緑色の壁が現れた。プールの壁…すなわち、Uターンだ。
俺は体を回転させて、力強く壁を蹴った。

目の前で水が裂けるようになるのが、快感だった。
擦れ違ったのは4人…。
……つまり、俺は今はトップ……。
俺は心の中でガッツポーズをし、腕の回転を早めた。

そして、再び強く壁を蹴った。2ターン目。
擦れ違ったのは、又4人…。
隣の有河原樹はすぐ近くまで来ていた。
俺はバタ足も早めた。
プールに水しぶきが舞う。
俺は、再び壁を蹴ろうとした、その時…!

―蹴り方を間違えて、足を捻った。

俺はそのままバランスを崩し、一回水面から顔を出してしまった。
有河原樹は苦もなく綺麗にターンをした。
俺は急いで水に飛び込み、有河原樹の後を追った。

足をいくら動かしても、手をいくら動かしても、有河原樹との距離は、全く縮まらない。
俺は焦って足を再び早めた。

プールには、高々と水しぶきが上がった。

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