《MUMEI》

「はいじゃあ席つけー」


工藤先生の声で、皆席に着いた。


先生は教室をぐるっと見渡してから、
廊下の方へ声を掛けた。


「入っていーぞー」


教室のドアが開き、



―…梶野が、入ってきた。



「どーもどーも」


へらへらと笑いながら、教壇に立つ。

そして、


「えっと、梶野朋春です。
いろんな事情があって、
明日、アメリカに発つことになりました!!」


と、挨拶した。


教室から笑い声が起きる。



「嘘つけ!!アメリカとか、ねーだろ!!」

「てか梶野、英語喋れんのかよー!!」



みんな、信じてない…



「あー…お前ら、これ本当だぞ。
梶野は、親御さんの都合で、
アメリカのネバダ州に引っ越すことになったんだ」



先生の説明で、教室の笑い声がぴたりと止んだ。



「…英語は、おれ、小3までアメリカ住んでたから、
まあまあ喋れます♪」



梶野の補足に、


「…マジかよ…」


梶野と仲のよかった丸山君がつぶやく。



「おい、陸上部の入部、
考えとくって言ったじゃねーか!!」


と、陸上部の内田君。


「ちげーよ、バスケ部だろ!?」


バスケ部の今井君。


「サッカー部…」

「テニス部…」



体育祭の活躍後、梶野には
多くの運動部から勧誘がきていた。



「あー…皆ごめん!!
事情が変わっちゃったもんで…」



頭を掻きながら、苦笑いで答える梶野。



「まーいーけどよ、
どこ州ってったっけ??」



内田君が訊ねる。



「ネバダ州。…ラスベガスで有名なとこ。」



梶野が答えると、



「…梶野だけに、カジノで
一儲けしちゃうかもな」



先生のオヤジギャグがでた。



一瞬の沈黙の後、



「…まあ、気をつけて行けよ!!」



丸山君が言った。



「俺たちの事、たまには思い出せよ!!」

「金髪美女に騙されんなよー!!」



教室のあちこちから声が上がる。



「短い間だったけど、皆と過ごせてよかった。
嘘ばっかつくよーなやつでも、
仲良くしてくれてありがとう!!」



にっこりと笑ってそう言った梶野に、
皆が拍手で応えた。


梶野がふいにあたしの方を向き、目が合う。


慌てて下を向く。



「本当に、ありがとう。
おれ、忘れないから」



そう言った梶野の声は、とても真摯で、
なぜだか、あたしだけに向けられたような気がして
顔を上げたけど、梶野はもうあたしの方を見ていなかった。


ひとしきり皆に手を振ると、
梶野は教壇を降り、

先生にお礼を言ってから、
教室を出て行った。



梶野の明るさがそうさせたのか、
あまりにあっさりとし過ぎていて、


あたしはただ呆然としていた。


―…こんなもんか。


涙も出ないや。

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