《MUMEI》

おれを殴ることで、気分を晴らすのが、

おれの飼い主の日課だ。


おれは、少しでも飼い主に気に入られようと、
必死で歩く練習をし、いろんな芸を覚えようとした。


でも、前より上手く歩けても、他のイヌには程遠く、


いくら頑張っても、必ずどこかで失敗してしまう。


今日は、『お手』をしようと前足を出したとき、

上手くバランスが取れずに
よろけてしまった。



それを理由に、


今、飼い主に殴られている。



痛くて堪らないが、


…おれは声を出せない。


殴るときに声を出さないようにと、


飼い主はおれを『びょういん』に連れて行き、



『声』を出せないようにした。



だから、


おれの喉からは


ひゅうひゅう


という、空気の漏れるような音が出るだけ。



「今日は、これぐらいにしといてやるか」



気が済んだ飼い主は、
ぐったりと横たわるおれを置き去りに、
部屋を出て行った。



―…体中が、痛い。

飼い主は、大人の男だから、力も強い。




こんな生活は嫌だが、


この足じゃ、野良では生きていけないだろう。


―…食いもんにありつければ、それでいい。



温もりなど、知らない。


そんなもの、求めない。

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