《MUMEI》

下睫毛に粒状の涙が溜まっては零れ落ちている。

「…………哀しい?」

驚いた、肩が震えていた。
「わかん な………… 俺は、要らない?」

項垂れ、唇を悸かせ、さめざめと泣いた。



要らないだなんて、自分を物が交換されるみたいに言う。

その時、離してはいけないと思った。

自然に両手が光を包む。

やんわりとあやすように抱き抱え指先で止どない涙を拭ってやった。

「違うよ。光はこれから沢山の希望を持って歩む、そうすることで俺が枷になることになるかもしれない。
そんなこと堪えられない。光り溢れる人生に泥を塗る訳にいかない。
…………うん、だからと言って俺達は離れてはいけないね。」

軽率過ぎて反省した。一度繋がった心は引き裂けない。

「俺を愛してるって、誓って……怖いんだ。
棄てられてしまう。」

「こんなに愛おしい光を棄てる訳ないじゃないか。」

呼吸を合わせ接吻しながら狭い床に寝かせた。
跨いで見ているだけで愛しさに抱き締めたくなり、涙で滲ませた瞳が抑制していたものを掻き毟る。

「嘘つかないで……」

否定的に振る舞いながらも俺の肌から光は離れない。

「……信じろよ。誓うから、その証明に……指輪でいい?」

半端に態度で示すより物を渡す方がずっと確かだ。
小指に嵌まっているリングを抜いた。

「このサイズなら薬指か?……でも勘繰られたら嫌だな、人差し指でいいか。」

予測通りに左の人差し指に嵌まる。
されるがまま、指に急遽誂えられた物を見た。デザイン製の低い、何の装飾もされていないシンプルな形状の安物だ。

「汚い?かれこれ八年近く使っているからな。
………………やっぱり返して、新しいの買うし。」

流石にこれを譲るのは気が引けて来た。

「これ、エンゲージ?
しかも、八年前ってレイが亡くなった頃でしょう。」

「……目敏い。エンゲージじゃないけど、……犯した罪への誓いだな。

やっぱり返して。」

レイや今までの自分へ償っていくという決意として買った。……サイズ合わなくて小指になったけど。

「要る。頂戴。」

拳を握って離そうとしない。

「嫌じゃない?こういう過去が見え隠れするの。」

レイの影に縛られていたという事実。

「全然。だって俺より長く国雄と居た物だよ。要らない筈ない、知らないことは怖い。
傷付いても知らなきゃいけないこともあるもの。」

笹川兄弟のこと含め……だろうか。

健気だ。

「渡したくないなら返すけど?」

それだけ言うと口を固く結んで聞き分け良くなった。

我慢しているのだ、俺がレイに引きずられているのを踏まえて。
彼はレイを忘れろと決して言わない。


「……もってけドロボウ」

やるよ、くれてやる。

過去の自分は必要だけど、今の俺である確かに大切な信念だけれど、光を前にしてはそんな理屈は無力だ。

レイが俺の罪ならば光は罪を引っくるめて俺の足元を照らしてくれる光だ。

純粋に愛という観念で俺を魅きつけた。

「……初めて国雄から貰ったもの……大事にするから。」

安い傷だらけの指輪を蕩けそうな笑顔で見つめた。

「いいよ。失くしても、また新しいの買うから。
誓いは見せ付けるものじゃない。胸の中に立てておくものだ。
指輪はあくまでも思い出で、物。
それよりもお前には互いに得られ続ける無償の愛があることを忘れないで。」

俺には光が光には俺があることを。

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