《MUMEI》
もう一曲
流石と言うべきだろうか。
七生の声は良い、それは歌にしても同じで見事に明日の準決勝まで進んだ。

カラオケはそんなに行く訳でもないし、野球命の七生だったから、こんなに歌えたのは知らなかった。

休み無く裏方仕事をしているのに、視線はいつだってステージにいる七生だ。

「せんぱーい、かき氷食べます?先生の奢りすよー。」

安西……と神部だ。

「わあー欲しい。」

極力神部を意識しないように接したつもりだった。




「なんか顔についてますか?」

神部に不審感を抱かせたようだ。

「おーちゃんがまたなにか言ったんでしょ?
さあさ、佐藤と藤田の手伝いに行こうね」

安西にタイミングよく遮られ、ボロ出さずに済んだ。

息をつく暇も無く働き、唯一の休憩時間を手に入れた。

ステージ裏に引っ込んだ七生を探す。奥の階段辺りで見つけた。

勢いでありがとうって言っちゃえばいいもん楽勝楽勝。

「なな……」



「内館先輩、好きです」

うわああ。
タイミング悪い。
後ろ姿しか見えないけど後輩ということだけは確かだ。

まさか、付き合うことはないと思う。
断る?
振って。

フラれろ。

振れえぇ……

「時間下さい。」

俺の念も虚しく七生は後輩に明日まで猶予を貰った。
どうやら水瀬のときにしても学校祭と俺との相性は頗る悪いらしい。

告白現場を目撃後はずっと調子を崩し、湿布をクラスの人から分けて貰ったりして悪化する足の痛みを抑えた。

痛んだのは足だけじゃない。

どうして、俺がいるのに七生は断るのに時間が必要なのだろうか。

惨めだった。

俺は七生にとってなんなんだろう。
七生は俺にとって……

馬鹿らしい。止めだ止め。

無駄な思考を処理すべく家に帰って即行シャワーを浴びる。

ぱたぱた床に水の粒が落ちてゆく。

片意地張ってないで謝るべきなのか?

それに、足の借りもある。

俺が七生に抱いて貰うだけで元の鞘におさまるだろう。


抱かれるだけで…………


温かい浴室で寒気立つ。
記憶の底で声がする。
自分の全身が縮こまる思いがした。

滴る雫を肌に擦り込むように体を拭いて出る。
気持ち悪い喉奥の引っ掛かりを飲料水で飲み込む。

自分が時々嫌になるのはこんなときだ。

心と体の矛盾。

愛してるのに抱かれたくない、触って欲しいのに触れられれば怖い。



このままの方が互いのためになるのかもしれない。

普通に女の子と恋愛していた方が、前の幼なじみに戻れそう。

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