《MUMEI》

「みきすね、この辺り宿屋ないの?」

「隣町ならある。この辺は住宅しかない……日帰りじゃないんだ、こんな何もない場所に長い用事だな。」

「日帰りのつもりだったんだけどね、くーちゃんは可愛いし。
みきすねともっと話したくなった。」

ツンが眼鏡を外した。
よく見るとまだどこか幼さが残っている。
もしかしたら年下かもしれない。

「……へんなやつ」

異質だ。
何もない田舎に、モデルみたいなのが柴犬を引いている。

そして怖いくらい受け身でここの空気に馴染んだ。

通り過ぎる人達と会話し世間話を繰り返し、俺に好意的だった。

へんなやつ。

知っているか?俺がなんて呼ばれていたか。

まあ、過ぎたことを今更と人は笑うけどね。

目深に被った帽子から海の底の黒さを持つツンの瞳が煌めく。

「それ、いいね。みきすねって眼光鋭くて獣みたいで素敵。

ね、……泊めて?」

なぜか誑かされているような気がしてしまうのは俺が欲求不満だからか?
たまに香る色気が怖い。

「……親に聞いてみるから」

このくらいなら慣れたつもりだ。
俺はもっと怖いものを知っている。

魔的な支配力を知ってしまっている。

だから俺は俺でいられた。

「ありがとお、みきすね!」

ツンが飛び付いてきてバランスを失う。
雪は冷たい。
頬を撫でる雪が体温を奪った。


「重い」

「ごめんごめん。生きてる?」

仰向けに倒れた俺を膝を付いて見下すような姿勢になった。
顔を覗かれる。

「ツンって一応犬の名前だろう?犬よりは猫っぽいよな。
あ、右の顎と首の間に黒子ある。」

押してみたり。

「やっ……、めろ馬鹿」

ゲンコで殴られた。

「そこ弱いの?」

体を丸め黒子辺りを手で死守している姿は俺を嗜虐的な気分にさせた。

「…………っ……ばか!」

歯を軋らせ眼が潤んだのを見逃さない。

……揶揄に弱いようだ。
白い息を吐きながら唇が震えていて、意外とうぶなとこもある。
一挙一動に目が離せない。

「ツンって知り合いだったら近付きたくないタイプ。」

「本人の前で失礼だなあ」

ツンは犬のリードを引きつつ口を尖らせ不満を述べた。

「お前たまにいぢめたくなる。そういう感情は隠すのが常だからな。」

本質を暴かれるのは脅威だ。


「みきすね好きな子いぢめるタイプなんだ、彼女可哀相。」

「馬鹿にするなよ、そんなガキじゃない」

「好きだから虐めるのが子供のすることとは限らない。愛のある虐げもあるよ。」

「……マゾ……」

「好きな人にイケないことしたりされさり満たしてあげたいって思わない?
M男じゃないし、愛する人にキスとセックスとキズ受ければ快感なのは自然の摂理でしょ?」

すげ……、ここまで潔いと敬服すらする。
その纏う空気の原点を垣間見た。
愛による奔放さ、生まれたての子供のような純粋さがある。

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