《MUMEI》 「どこのだれよ?」 帰ってきた早々に兄貴と遭遇。 迂闊。今日は兄貴休みだったか。 「学校の……友達で、えーと、柴野ケンて言うんだけど。 今日、泊めてやりたいんだ。」 「シバケン?」 犬を見ながら兄貴が言う。 「はい、みきすね君とはとても仲良くしてもらっています。短い間お世話になります。」 ツンが豹変した。あまりの行儀の良い礼に俺より年上にさえも見えてくる。 「勿論、ジィちゃんとこ行くし。了承は取ってあるからさ。」 嘘八百……でもツンなら上手くバァちゃんや母さん達に気に入られるだろう。 やたら年上の女性に強い。 「……あ、そう。飯要らないな。」 兄貴は嫁さんと二人の娘とで親父達の農業手伝っている。 今は兼業農家で親父も兄貴も兄貴の嫁さんも冬は派遣やら副業を持っていた。 俺は高校卒業して田舎から出て一人暮らしを始めた暢気な大学生である。 それも来年になれば血眼の就職活動なんだけど。 そういうのも考慮しつつの里帰りだ。 最悪、派遣しつつ自宅通いかもしれない。今のうちに胡麻擂りしておいて損はないわけだ。 しかも二年前からジィちゃんが痴呆入ってきていて、誰か見てないといけない。 バァちゃんや母さんにばっかり負担かけられないし、ジィちゃん子だったこともあり、家族会議で俺はジィちゃんの家に住み込んで家事手伝いをしている。 「家の手伝いしろよ。」 「わかってるって!」 眼鏡の奥の眼光が怖い。 颯爽と買い物袋両手に家に向かって行った。 兄ちゃんは怖い。俺が知る限りは二番目に。 兄貴は長男として家のこと一身に背負わされ、一方俺は学生になり、帰郷してやることもなくダラけて…… そんな俺が兄貴を苛立たせている要因であるのも知っている。 家の前のワゴン車、父さんかと思っていた。 兄貴にはあまり近づかないようにしていた。車さえ分からなくなってしまったということか、それだけ遠避けていたということだろう。 「お兄さん?」 ツンは兄貴が家に入るまで凝視していた。 「そう。」 「カッコイイね。」 また意味深な笑いをする。 「はあ?ただの30過ぎのオッサンじゃん。」 兄貴は上背が少しあるだけで視覚的にも良く言っても中の上だ。 「眼鏡だし。背ぇ高い。」 その基準わけわからん。 「兄貴よりジィちゃんのが絶対カッコイイ。」 自信がある。 昔の写真もカッコよかった、自慢のジィちゃんだ。 「二世帯じゃないの?」 「兄貴と親父達が暮らしてる。あのさ、泊まる場所は難癖つけるなよ? 裏に見えるのが旧我が家、ジィちゃんは痴呆気味でこの家から離れようとしないんだ。 俺はバァちゃんと家事しつつ穀潰し挽回してる訳。」 「家のお手伝いすればいいんでしょ?大丈夫。一人暮らし長いから掃除得意。」 ツンのやつ、相も変わらず順応が早い。 前へ |次へ |
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