《MUMEI》
放課後
 授業の準備をするために羽田は職員室へ戻った。
机の下の鞄をそっと持ち上げ、膝の上に乗せる。
僅かな重みから、テラの存在を確かめる。

今、テラに触って向こうの世界の様子を確かめてみようか。

そんな思いに駆られるが、少し悩んで首を振る。
放課後、凜と行くことを約束したのだ。
今、見たとしても放課後まで気になるだけである。
 羽田は鞄をポンポンと優しく叩くと、机の下に戻した。
 その日の授業中、羽田は授業に集中できずにいたのだが、一方の凜はいつもと変わりなく、ボーっと窓の外を眺めていた。

そして放課後。

仕事を大急ぎで片付け、羽田は職員室を出た。
時刻はすでに六時を過ぎていた。

「……けっこう急いだんだけど。津山さん、もう帰ったかな」

そう言いながら校門の方へ行くと、そこに凜が待っていた。
どうやら一度家に帰って、服を着替えて来たようだ。

「遅かったですね」

羽田に気付いて、凜はこちらを振り向いた。

「仕事、片付けてたからね」

「そうですか」

まるで興味ないように答えると、凜は小さく息を吐いた。

「それで、本当に行くんですか?」

「もちろん」

「ま、いいですけど。……テラは?」

「ここにいる」

羽田は鞄を持ち上げた。

「テラ、出ておいで」

声をかけると、テラは勢いよく飛び出し、羽田の頭の上に座った。

「……なんでそこに座るの」

「そこが好きなんじゃないんですか」

テラの代わりに凜が答えた。

「……別にいいけど。で、マボロシは?まだいるの?」

羽田は視線を町の方へ向けた。
しかし、そこはもう昨日までの町ではなかった。

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