《MUMEI》

「顔にまだ付いてるよ」

「どこ?」

鼻を触る。

「違うよ、ここ……」

ツンの長い舌が口の端に止まった。

「とれたよ?」

にっこりという擬音が聞こえそうな満面の笑みだ。



「………………へんなやつ」

なぜか、怒る気にもならなかった。

そのタイミングで来ることも推測できたし、特に抵抗するような理由も思い浮かばなかったからだ。

俺を嘗めようという思考については理解し難いが、ツンに関しては汚いとか、嫌悪は微塵も無い。

そういう次元は超えてただツンという得体の知れない生き物を受け入れたのだ。

「素敵な場所だよね。
挨拶したら返ってくる、挨拶は心の窓だよ。
ここの人達の挨拶は暖かい風みたいだ。」

ツンは太陽に向かって首を向けた。
眩しそうに目を細める。

光に溶けてしまいそうだ。

襟元になにかある。

鬱血した小さな傷が孤を描いていた。


噛み傷だ。

酷く生々しく、新しい紅…………

彼を侵してはいけない。

静かに喉元の傷が語りかける。



触れてはいけない壁がある。俺は近付けるだけ歩み寄って、ツンを壁越しに見る。

彼はショーウインドゥの高価な商品のようにきらびやかに飾られている様を愉しませた。


感覚を奪い、麻痺させる。
それは嫌うものじゃなくて、本当は……。

恋にも似た錯覚。

思い出せば高鳴る鼓動。

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