《MUMEI》

また、あの子に会った。


―…っつっても、まあ見ただけだし、
相手はオレのこと分からんかっただろーけど。



美咲を歯医者に連れて行った帰り。


美咲を後ろに乗っけて自転車をこいでいると、
(二人乗りは危ないから真似しちゃダメだヨ☆)


前と同じ橋の手すりに手を置いて、
川をぼんやりと見つめているあの子がいた。


―…なにしてんだろ…??


少し自転車をこぐスピードを緩めながら、
その子を見ていると、

その子はおもむろにスカートのポケットから何かを取り出した。


そして、手に取ったそれをしばらく見つめると、


川に向かって投げようとした。



――でも、高く振り上げた小さな拳に握られたそれは、


川に投げられることなく、
またその子のポケットへと収まった。


―…何を、投げようと…

いや、



『捨て』ようとしてたんだ…??



考えていると、




「えっくん!!!前!まえ――!!!!」



美咲の大きな声にはっとした。


前を見ると、電柱が眼前に迫っていた。



ぶつかる寸前でハンドルを切って、
なんとかセーフ。


…あーよかった。



あの子を振り返ると、


一瞬、あの子がこっちを見て笑ったように見えた。



…けど、



たぶん、思い過ごしだ。



だって、



ポケットから取り出した『何か』を

『捨て』ようとしていたとき。


それを『捨て』られずに、
振り上げた拳を力なく下ろしたとき。




あの子は
確かに










泣いてたから。

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