《MUMEI》

「えっくん!!明日運動会なの??」


体育祭前日、算数の問題を解きながら、
美咲が興奮気味に聞いた。



「うん。そうだけど、なんで??
―あ、そこ足すんじゃなくてかけるんだよ」



オレが答えると、



「…じゃあ、11じゃなくて30だ!!
―…運動会、見に行きたい!!」

「―正解♪
来ても面白くないよ??
オレあんまり出ないし」

「―その日ね、…阿部君とね、出かけるの」



美咲の言葉に、オレはショックを受けた。



「…マジですか」

「うん。ほんとだよ」

「…美咲、オレは美咲をそんな娘に育てた覚えはないぞ…」

「…ただお出かけするだけだってー」

「じゃあ、図書館にでも行きなさい。
そして、2人で『はだしのゲン』でも読みなさい」



オレはそう言うと、美咲の布団に突っ伏した。



「えっくん〜…拗ねないで〜…」

「…すねてません〜」

「も〜…えっくんも、好きなひといるんでしょう??」

「………」

「そんなに拗ねてちゃ、ゲットできないよ〜??」

「…いーよ…
―…どーせ無理だし」

「………」



美咲の声が聞こえなくなった。


と、


どすん、と、腰に重みが。



「…拗ねてるやつには、こうだ――!!」

「…うっわ!!やめ、ちょ、うはははは、
だめだって!!たんま!!」

「だめ〜!!もう拗ねない??」

「うん、うん!!あははは!!!こ、降参…!!」



そこでやっと、美咲がこちょこちょ攻撃を止めてくれた。



「…あ〜…し、死ぬかと思った…」



オレが息を整えながら言うと、



「うん!!やっぱりえっくんは、笑ったほーがカッコいいよ!!」



美咲が満面の笑みで応えた。


…嬉しいこと言ってくれるじゃねーの…



「危ないトコは行くなよ??
オレの高校は遠いからダメ。
その辺の公園ででも遊べ」

「え〜??」



美咲が頬を膨らませたので、



「…あのなあ、好きなひととだったら、どこでも楽しいの!!」



と言って、美咲のほっぺを引っ張ってやった。



「…ほっは!!へっふん、ひーほほふーへぇ!!」



頬を引っ張られたまま、美咲が言う。

(…そっか!!えっくん、いーこと言うねぇ!!、だ)



「だろー!!」



オレは笑って手を離し、
美咲の頭をがしがしと撫でると、



「じゃあ、早く寝ろよー♪」



と、美咲の部屋を後にした。



「えっくんも、頑張ってねえ!!
おやすみー☆」



美咲も元気に答える。



あーあ。


娘を嫁にやる父親のような心境だ…。



―…頑張れ、か。

ふと、りかちゃんの笑顔が浮かぶ。



『…でも、りか、全然落ち込んでないんです。
…なんでか、分かります??』



そういえば、

あの質問の答えはなんだったんだろう??




―…明日にでも、聞いてみようか。

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