《MUMEI》
悩んでない。
年が変わったからといって何かが変わるわけじゃないんだけど何か去年にはないものが自分に向かってくるような勢いのある春。
高校を卒業してからの進路を考えなければならない時、工業科に通っていた僕はまず進学よりも就職の事を考えた。僕は普通の家庭に育ち、地元の普通の小学校、中学校を出て、公立の工業高校に進学した。自宅から高校まではなかなかの距離があったけど、それでも僕は自転車通学していた。親父は普通のサラリーマンで母親も惣菜屋さんでパートをして家庭の経済状況を保っていた。兄弟は姉と弟がいる。姉は高校を卒業してすぐ運送屋の事務の仕事に就いた。弟は僕の三つ下で頭は悪いほうだ。さっきも言ったように普通の家庭に育ったのだ。自分の家庭、家族が普通と感じるのは割と余裕があるからかもしれない。自分は恵まれているとは思わないが、貧しい思いをしたことがなかった。年頃の割には反抗期もそれほどなく、夕食の時は、ほぼ毎日家族みんなが顔を揃える。
でも最近は姉がよく外食に行くことが増えたので、姉抜きの夕食が多くなった。そんな時、親父は必ず母に姉が誰とどこで何を食べているのが聞いた。
「会社の同僚のカナちゃんとでしょ。どこで何食べてるかまでは知らないわよ。」
「なんでいつもそこまで聞かないんだ。もい、何かあってからじゃ遅いんだぞ。」
親父はいかにも父親らしいことを言っているが、本当は姉が誰とどこで何をしているのか気になって仕方ないみたいだ。僕が親父に意地悪くこう言う。
「彼氏でもできたんじゃない?もう21だしね。」
親父の顔が一瞬引きつるように強張った。
「何を馬鹿な事を言うとるんじゃ。21なんてまだ子供だ。母さん、9時までには帰るように言いなさい。」やっぱり彼氏という単語が出てきたら父親は気分を害す生き物みたいだ。
「お父さんが直接言えばいいでしょ。全部アタシなんだから。しかも9時なんて無茶な事言って、久美子ももう大人なんだから好きにさせてあげなさいよ。」親父は姉に直接何かを言うことはほとんどなく、すべて母親を通して伝えるようにしていた。べつに姉と親父の仲が悪いというわけではなく、むしろ親父は姉の事をすごく大切に保護しているし、姉もすごく親父を慕っている。
姉が高校二年の時に尊敬している人は誰かという作文に父親の事を書いていた。それを読んだ親父は自分の書斎で声を殺しながら号泣していたのを見たことがある。だから親父は姉に嫌われるのが怖くて直接何かを言うことはない。父親というものは娘に特別な感情で守っているのかもしれない。僕も結婚して娘ができた時、いつか娘に尊敬されるような父親になりたいと思うのだろうか。僕は父親を尊敬の目で見たことはないと思う。父親のありがたみをまだ感じるまでに成長していないのかもしれない。夕食を食べ終えると部屋に戻り、進路について考えながら窓から秋の夜空を見ていた。正直そんなに悩んではいなかった。あまり勉強は好きじゃないので、お金を払って知識を得るよりも、朝から晩まで働いてお金をもらうほうが自分には合っているような気がした。迷うことはない。どちらかにスタートをきる。続く。



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